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尾崎左永子歌集『風の鎌倉』を読みました。

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今日、尾崎左永子歌集『風の鎌倉』(2010)を読みました。先日、『尾崎左永子歌集』(06)と『続 尾崎左永子歌集』(06)を読み、もう少し彼女の作品に触れたいと思ったからです。

以下、一読して気になった歌を引用します。

 冬の夜の浜の焚火に集ふ人みな顔火照(ほて)り心火照りてゐたり
 早春の独活(うど)しろじろと水に放ちゆらぐ光のごとき明日あり
 あふれくるものを抑へて闇に佇(た)つこのすがしさを花冷えといふ
 咲き充てる辛夷(こぶし)ひと木の白妙がなかば夕日に溺れつつ聳(た)つ 
 ほどけゆく羊歯(しだ)の葉群は曇り日の光あつめてここに明るむ

 頑として譲らざるもの持てるゆゑわがことばむしろやさしくなりぬ
 誰彼の死の報らせさへ日常の淡き影とよ一日を惜しめ
 楠の木の勢(きほ)ふ若葉にまぎれ咲く小花が青く匂ふ曇り日
 薄明にひぐらし鳴けり避けがたき一日の炎暑悼(いた)むごとくに
 喫茶店の鏡のなかを逆しまに遠去かりゆく夏の自転車

 鳥呼ぶにあらねど秋日あたたかき渚にひとり手をあげてをり
 乱れゆく心の過程痛きまで見果てんとせし若き日ありき
 まだ生きてなさねばならぬこといくつ頭蓋に二月の風吹き響(とよ)む
 早春の夜の幻は浄くして阿修羅の像の眉根(まよね)のかげり
 内なる火ゆらぐを待ちて夜半をれば星凍る音きこゆるごとし

 あら風に乱れつつわれに向ひくる花びら無限山の一日(ひとひ)は
 時超えてなほ生かさるるふしぎさに見入れば浄し雨の沙羅の花
 ワルハラの炎上は何のしるしなりし湘南の夕焼の中にわが立つ
 翅音をもたざる蝶の寄り来たる梔子(くちなし)は雨後(うご)の光を放つ
 梢より落つる木の実が夜の山の葉群をぬけて地に届く音

 メソッドローズの曲くり返す幻聴は夜の楠(くすのき)に響く風音
 山茶花の白き光に歩をとめし寡黙の人の背を思ひ出づ
 韻々と夕焼ながき相模の海われにいはれなきかなしみ及ぶ
 欠落の念(おも)ひは何ぞ列島に生享けて冬のすばるを仰ぐ
 淡(あは)々とけぶる日に白き花薺(なづな)冬の終りは唐突に来る

 睡蓮の睡りに似たる水明り夕べ池面(いけも)にいつまでも雨
 終(つひ)の棲家(すみか)となるべき小家夏至ちかくうつむきがちに沙羅の花落つ
 塩壺の内なる湿り減り行きて永かりし梅雨のこころ終らん
 自覚せぬ記憶の誤謬避けがたく目にみえずして海馬おとろふ
 山上の湧水はいましたたかにあふれてわれの掌(て)のひら冷ゆる

 水鳥の声風に散る渚にてわれも短き髪を吹かるる
 敵意あるひは好奇心互(かた)みに量りつつ砂浜にゐるわれと鴉と
 かげりゆく丘よりみれば新都市のビル群しろく秋の日に照る
 わが内の暗渠過ぎゆく流氷の音とも聴こゆ秋の時雨は
 わが脈拍(パルス)星と同調するごときひとときありて脳髄すずし

 信ずるといふは孤りの思ひゆゑ見し流星を人には言はず
 物語ならば脚色の展開もたやすかるべし一生(ひとよ)の行方
 風に震(ふる)へゐたる雫が臘梅の花より飛べる一瞬を見つ
 柚(ゆ)の花はさかりてなほも寂しきか微雨の芝生に香りが沈む
 遠丘に朴の花白き夕まぐれ或いはかの人もすでに世に無き

 うしろ向きに運ばれてゆく電車にて夕日に揺るる茅花(つばな)遠去(とほの)く
 びなんかづらさるとりいばら蔓の名に母の口調を思ひ出でつも
 土赭(あか)き岩倉遺跡夕づきて萩の花群に風立つらしも
 泣かぬ吾をおとしめていふ人のありいふもよけれどよけいなお世話
 喪(うしな)へる時の量(かさ)さらに思へども椿咲き椿散りまた一日過ぐ

 夜の海は遠き沖まで靄ありて闇になほ淡し春の星座は
 沙羅に降る雨やみしかば土の上夕べとなりて夏至の花俯(ふ)す
 薄明に醒めてふくらむ悔悟あり悔悟好まねばまた眼を閉ざす
 苦闘の日々ぬけいでて秋 木犀の花の香沈む駅前を過ぐ
 桜夜を歩みてのちに訣(わか)れたる回想は遠きゆゑに和まし

 緋桃咲く丘に頬吹く風のありあるいは遠き前世の記憶
 夏はやく黄のカンナ咲く海岸の小駅にわれは風に吹かるる
 痛切の記憶すら幾百の断片となりて生きたる証(あかし)のひとつ
 ビルの間に白き月ある夕まぐれ人群の影のなかを遡行す
 沈黙は言にまさるといふ真理冷えつつ思ふ暁闇にして

 鳥の眼に見下ろされゐる感じして歩み速くなる風の冬浜
 暮れぐれの海の光を見てゐたり生死(しやうじ)どうでもよくなる時間
 過ぎてゆく花の終りを見さだめん思ひともなく夕街に出づ
 夜半暑く醒むればきこゆ水道の蛇口を落つる雫の余韻
 一度きりの今のこのとき惜しめとぞ天の雲ことごとく夕焼となる

 身仕舞のうつくしかりし母にして捨つべきもの何も遺さず逝きき
 魂を心につなぎとめてゐる感じに酷暑の昼のうたた寝
 五月はいつも孤独の季節焼きたてのパンの香の立つ店の前過ぐ
 のみこめばのみどに熱き涙さへ生の証(あかし)と思ふいくたび
 予期したるよりも孤独は自由にて物言はぬことに安らぎがある

 涙みせず死を享(う)け入れしその日より心閉ざして幾月経たる
 打てば響きさうに空冴ゆ余裕もつ人は流すらし涙も歌も
 生きてゐる意味問ふことに倦みしかど紫陽花の葉にふる昼の雨
 ふたたびは心をひらくことなしと決めたればわが表情緩む


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