Quantcast
Channel: my photo diary
Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

尾崎左永子歌集『椿くれなゐ』を読みました。 

$
0
0
イメージ 1

今日、尾崎左永子の第十二歌集『椿くれなゐ』(2010)を読み終えました。
以下、一読して気になった歌を引用します。


「曇天の春」
 花には花の風には風のことばありて私は放つ私のことば
 約束の死は彼我にみな等しくて遅るるものの悲しみの量
 意識もどる時を捉へて無情にも事後処理のこといはねばならぬ
 離れ来てやや安んずる心さへ罪のごとしも微雨の中行く
 光帯をなして夕日のすべりくる七里ヶ浜に永く永く佇つ

 日に干せる病衣の肩のひろければ登山家たりし若き背の見ゆ
 先立つ者後るるものの思ひ知る天のはからひ曇天の春

「残花譜」
 葉ざくらをくぐりて残花の一片が地に平(ひら)ぶまでをわれは見てゐき
 終の棲家と決めて生き来し鎌倉山沙羅山房の残花が白し
 柿若葉かがよへばいま去り行かん花の盛りは短しいつも
 われの悲哀刻むごとしもブラームスの楽はアレグロ・ノン・トロッポ
 脱力の一瞬があり生きていま何失ふといふになけれど

 桜過ぎ若葉過ぎ年なかばにて石に躓(つまづ)くごとき脱力
 行きずりに見しセーターに心魅かれ引き返し購(か)ふその土耳古青(ターキツシユ・ブルー)

「湘南挽歌」
 まのあたり日の沈みゆく相模灘夏の極みの光量重し
 うちよする波のつづきと思ふまで青葉の山に風吹きのぼる

「遊心譜」
 今生きてかく緩やかに息を吸ふ夏の終りの夕凪のまへ
 夕顔の花の清浄に見入りゐてふいに心の崩るる時刻
 実体のなき存在をかくあたたかく思ひて秋夜の灯りをともす
 帰り来ぬ応へを待つにあらざれど風吹く夜の闇に眼をあく
 ぬき出でて百光蓮(びやつくわうれん)高くひらく朝意志もて生きよといふ声のする

 のびやかにこころに届く篳篥(ひちりき)の月光に似る音色が浄し
     東儀秀樹「FROM・ASIA」
 脈拍に似たる打楽のリズムゆゑ無心のわが四肢しきりに動く
 ほどけゆくものあり透る笛の音に氷れる涙溶けゆけよいま

「朱と闇」
 時雨去り十字街いま夕映えて心瘠せつつまた冬が来る
 夏遠くなりしかどふいによみがへるほほづきの実の極まれる朱(あけ)
 誇り高く激しかりにし気性さへ和みゆくかな生の必然

「星の時間」
 天狼星(シリウス)の冬の光芒いつよりか心に棲むと言ひさして止む

「『乾いたお菓子(ガトー・セツク)』」
 死はいつも戯れのやうに隣り合ひ冬夜の北斗逆しまに立つ


「花冷えの沼」
 かなしみは背にぞ見ゆると人いへど自らの背をみることありや
 心放ち野望を放ち空遠く帰鳥を送るまなざしをせり

「薔薇と馬」
 逆しまに紅薔薇(さうび)壁に吊り干して否応もなき冬のはじまり
 昼たけて汗ばむ馬の香(か)藁の香のあたたかき厩舎前の日だまり
 馬上より見ればみな人われよりも小さし一瞬の傲(おご)りの甘味
 扉(どあ)の前掃くしばし今朝は黄鶲(きびたき)の啼かざりき遠く海渡りしや

「阿蘇夕照譜」
 うつそみも炎とならん全天の夕焼の下に佇ちてつつまし
 心鹹(から)き思ひひらひら去りゆきて昏れのこる江津湖水明りせり
 おだやかに禱りのかたち保つもの忍冬(にんどう)の蔓また野老(ところ)の黄葉
 午后の空にみのらぬことば吐くごとく尾花ゆるやかに光を散らす

「雨のバラード」
 とり返しつかぬことなどこの世にはありや応(こた)へなき時との対話
 死ぬまでは生きねばならぬ理(ことわり)の一日みたして雨ふりしぶく
 見下ろしの梢に花をふやしゆく四照花しろし山霧のなか
 雨帯びし若葉の丘は音なくて記憶喪ふごとき不安立つ
 さかしらにものいふ人を疎めどもさかしらといふ生気は羨し

 反世界に咲く花あらばかくあらん龍舌蘭は夕雨に反(そ)る

「三月兎」
 とどまらぬ時に追ひつくすべなくて何跳びいそぐ三月兎

「聖夜以前」
 夕映を収めて暗き存在となりゆく雲を永く見てゐつ
 憂ひなくことばなく夕べ交叉路の雑踏抜けていづこへ行かん

「風の日」
 冬日粗く石蕗に照る風の日はちぎれちぎれて思惟さだまらず

「駅にて」
 駅の階昇りきて冬の烈風に軋む仮屋根ここは海の駅
 雪のなき冬に馴れつつ鎌倉の小路どこにもパンジー飾る

「椿くれなゐ」
 たしかなる明日ひらかれん冬陽さす磐座(いはくら)に置く椿くれなゐ


「晩冬の視野」
 風が止みまた風起る寒夜にて天頂に光るオリオンの剣
 いまわれは椿の白に憩ひをり燃え尽きさうな炎保ちて
 きさらぎの光溜めゐる白椿深々として花蘂ひらく
 怒り易き師に親しみし少女期の私は全く「怖いもの知らず」

「春のうた」
 沖遠く春の気立ちて光りつつ丘へ丘へと海風迫る

「花のあと」
 花鎮めは心の鎮め風絶えてのち幾ひらの花の散りくる
 前(さき)の世に見し花ならんささ百合のうすくれなゐは朝霧のなか
 畏みてささゆりの花手にぞ把るこの言ひ難きいのちの香り
 銀の匙の曲線優雅に重くみゆ晩春の風やみし灯の下
 三輪の上の空にかがやく星出でてわが逡巡をたちまちに断つ

「神森」
 ことばには魂ありと思ふとき聴こゆ神森に立つ風の音

「七の字遊び」
 七支(ななさや)の太刀を月光にかざしたる御子のみづらは耀ひにけん

「孤独擬(もど)き」
 鉄線の紫の花日に開きたとへばわれは天下の孤客
 熟るるとは終焉ちかき証にてかごに香れり夜のバナナは
 海近く棲みて久しく海を見ず虚仮(こけ)の時間を悔ゆるともなく
 わが孤独は天邪鬼にて他人(よそ)目にはもつとも華やぐ時に寄りくる

「瑠璃光」
 日が洩れて咲きのこりたるりんだうを照らしたりこの瑠璃光一顆
 後悔はしないとかの日決めしより歳月は無言の愁ひを帯びつ

「冬物語」
 憑きものの落ちたるやうに風やみて遠丘の上冬の月出づ
 神仏は人の心に過ぎずとぞ実朝は若うして虚無覗(のぞ)きたる

「無音界」
 ふいに死は隣りと思ふオリーヴの油を滴らしゐたるつかのま
 約束といふさへひとつまやかしと思へり春暁のこの無音界

「夕星」
 枇杷の花淡く香れりみたさるるもの何もなき秋は過ぎんか

「こころ」
 孤りといふ簡便のなかあるときは余剰に似たる夕映を浴ぶ
 冬天の明けゆくときに萌しくる仄くれなゐのごときこころか


「余響」
 白椿つぼみ解くとき昼光のみつるに似つつ音立つごとし

「夕明りの譜」
 思ふまま生き来しや否現し身のわれが行き行く雑踏のなか
 何読みても心に響き来ぬひと日過ぎて梅雨空夕明りせり
 六月の空気あかるき夕渚慟哭は内に萌しつつ止む
 枇杷の実の種吐くときに掌(てのひら)に冷たくのこる悔恨ひとつ

「風」
 海の香を失ひし風に吹かれをり沖まで蒼き鎌倉の秋
 みひらけば沖に夕映ゆる雲があり吹く風の中にまだ生きてゐる

「秋光の譜」
 夜となるまでの夕ぐれ短くて吾亦紅の花たちまち沈む
 信号に止まれる尾灯が街上を連なりゆけり雨後の宵闇
 月に照る地上はなべて浄くして内なる涙しづかに乾く
 月光に草の葉いくつひるがへる山を想へば恋ほしかの夏

「冬草そよぐ」
 海の色のこす秋刀魚に光あり眼(まなこ)は遠き雲見るに似て
 ひたひたとくるしき記憶呼ぶものか冬の運河に潮満ちくれば

「冬の漣」
 銀の匙卓上にあり夜の灯を反(かへ)して遠き記憶よぶらし
 風を聴け光を見よといふ言葉神意のごとく心に享けつ
 愁ひみな深く閉ざしてあるときはこころ冬沼の漣(さざなみ)に似る
 つづまりはひとり処すべきいのちにて灯火(ともしび)に終(つひ)のかがやきあれよ

「冬の呼吸」
 時は百代の過客といへりされどわれは時の孤客といひて黙しつ
 きれ目なく夜到りまた明けてゆく常に薄明に生くる錯覚
 流星群美しと聴けどこの夜も浴槽に一日の傷洗ふのみ

「彩々不彩」
 草靡く中に枯れゆく野薊の粗きその棘わが内に在る
 阿修羅像の眉の愁ひを思ひしが若き愁ひは傲りにか似る

「光烟る」
 鶯いろのつぶてが視野をよぎりしが椿の紅に目白来てをり
 ただ無心無礙に生きよといふ声の届きくるまで沖の夕焼
 人の死を聴きても心動かざる日々なり花は散る時に散る
 襲ひくる睡魔と闘ひ書き継げど生きる意味をいま見失ひさう
 鶏串が烟をあげて焼かれゆく酒店の窓に木星が見ゆ


Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

Trending Articles