今日、村上春樹の短編集『女のいない男たち』(2014)を読み終えました。
以下、文庫本ブックカバー裏表紙の解説を引用します。
以下、文庫本ブックカバー裏表紙の解説を引用します。
舞台俳優・家福を苛み続ける亡き妻の記憶。彼女はなぜあの男と関係したのかを追う「ドライブ・マイ・カー」。妻に去られた男は会社を辞めバーを始めたが、ある時を境に店を怪しい気配が包み謎に追いかけられる「木野」。封印されていた記憶の数々を解くには今しかない。見慣れらはずのこの世界に潜む秘密を探る6つの物語。
【収録作品】( )は初出
◆ドライブ・マイ・カー(『文藝春秋』2013年12月号)
登場人物は、俳優の家福(かふく)と彼の専属運転手・渡利みさき、彼の亡くなった妻の4人目の浮気相手・高槻です。この作品では家福とみさき、家福と高槻とのそれぞれのエピソードが描かれます。しかし興味をひかれるのは、家福は妻の浮気を知りながら(4人も!)なぜ生前の妻に問いただすことができなかったのか、さらに妻が亡くなった後になぜ妻の浮気相手に近づき復讐めいたことをしようとしたのか、ということです。
男って、いや人間って、優しかったり物わかりが良かったりだけではダメってことでしょうか?
◆ドライブ・マイ・カー(『文藝春秋』2013年12月号)
登場人物は、俳優の家福(かふく)と彼の専属運転手・渡利みさき、彼の亡くなった妻の4人目の浮気相手・高槻です。この作品では家福とみさき、家福と高槻とのそれぞれのエピソードが描かれます。しかし興味をひかれるのは、家福は妻の浮気を知りながら(4人も!)なぜ生前の妻に問いただすことができなかったのか、さらに妻が亡くなった後になぜ妻の浮気相手に近づき復讐めいたことをしようとしたのか、ということです。
男って、いや人間って、優しかったり物わかりが良かったりだけではダメってことでしょうか?
◆イエスタデイ(『文藝春秋』2014年1月号)
大学2年の僕(語り手)は、田園調布に生まれ育ったのに完璧な関西弁を話す木樽と知り合います。木樽には小学校の時から付き合っているガールフレンドがいますが、二人の関係はなかなか進展しないようです。
僕と木樽、その彼女という登場人物の設定は、『ノルウェイの森』の「僕」とキヅキ、直子を思い起こさせますが、あまり深刻な展開にならなくてホッとしました。
自分が20歳だった頃のことを考えるなんてほとんどありませんでしたが、以下の文章を読み、とても共感を覚えました。
大学2年の僕(語り手)は、田園調布に生まれ育ったのに完璧な関西弁を話す木樽と知り合います。木樽には小学校の時から付き合っているガールフレンドがいますが、二人の関係はなかなか進展しないようです。
僕と木樽、その彼女という登場人物の設定は、『ノルウェイの森』の「僕」とキヅキ、直子を思い起こさせますが、あまり深刻な展開にならなくてホッとしました。
自分が20歳だった頃のことを考えるなんてほとんどありませんでしたが、以下の文章を読み、とても共感を覚えました。
でも自分が二十歳だった頃を振り返ってみると、思い出せるのは、僕がどこまでもひとりぼっちで孤独だったということだけだ。僕には身体や心を温めてくれる恋人もいなかったし、心を割って話せる友だちもいなかった。日々何をすればいいのかもわからず、思い描ける将来のビジョンもなかった。だいたいにおいて自分の内に深く閉じこもっていた。一週間ほとんど誰ともしゃべらないこともあった。そういう生活が一年ばかり続いた。長い一年間だった。その時期が厳しい冬となって、僕という人間の内側に貴重な年輪を残してくれたのかどうか、そこまでは自分でもよくわからないけれど。(P123)
◆独立器官(『文藝春秋』2014年3月号)
この作品の語り手は「イエスタデイ」と同じ人物のようです。彼が語るこの作品の登場人物もかなりユニークです。
52歳の整形外科医の渡会(とかい)は結婚はしない主義で、結婚を前提とした男性との交際を求めている女性とは一切交際しません。結果、彼がガールフレンドとして選ぶ相手は概ね人妻か、他に「本命」の恋人のいる女性です。要領よく、責任を負わない、気ままな人生を楽しんでいるといった風です。
ところが、ある時彼は16歳年下の人妻に心から恋してしまいます。そのため、彼は「自分とはいったいなにものなのだろう」と自問したり、権中納言敦忠の「逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり」という歌に心を動かされるようになります。10代や20代で経験すべきことを52歳になって初めて経験したわけですから、相当つらいと思います。しかも、その人妻には別に恋人がいて、さんざんお金を貢いだ挙句裏切られたのですから。
渡会医師の秘書が「僕」に言った言葉が心に残りました。昨年亡くなった僕の弟のことを決して忘れないと思いました。
この作品の語り手は「イエスタデイ」と同じ人物のようです。彼が語るこの作品の登場人物もかなりユニークです。
52歳の整形外科医の渡会(とかい)は結婚はしない主義で、結婚を前提とした男性との交際を求めている女性とは一切交際しません。結果、彼がガールフレンドとして選ぶ相手は概ね人妻か、他に「本命」の恋人のいる女性です。要領よく、責任を負わない、気ままな人生を楽しんでいるといった風です。
ところが、ある時彼は16歳年下の人妻に心から恋してしまいます。そのため、彼は「自分とはいったいなにものなのだろう」と自問したり、権中納言敦忠の「逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり」という歌に心を動かされるようになります。10代や20代で経験すべきことを52歳になって初めて経験したわけですから、相当つらいと思います。しかも、その人妻には別に恋人がいて、さんざんお金を貢いだ挙句裏切られたのですから。
渡会医師の秘書が「僕」に言った言葉が心に残りました。昨年亡くなった僕の弟のことを決して忘れないと思いました。
そして僕は思うのですが、僕らが死んだ人に対してできることといえば、少しでも長くその人のことを記憶しておくくらいです。でもそれは口で言うほど簡単ではありません。(P174)
◆シェエラザード(『MONKEY』vol.2 SPRING 2014)
羽原(はばら)は北関東の地方都市の「ハウス」に身を隠しています。彼を支援する役目を負った女性シェエラザード(「千夜一夜物語」の王妃の名にちなんだ名前)が定期的に彼の部屋を訪れ、食品の補充等をしています。そして、彼と一度性交するたびに、彼女はひとつ興味深い不思議な話をします。
羽原がなぜ身を隠しているのか? 疑問は解消されませんが、それよりもシェエラザードが語る話にドキドキさせられました。
羽原(はばら)は北関東の地方都市の「ハウス」に身を隠しています。彼を支援する役目を負った女性シェエラザード(「千夜一夜物語」の王妃の名にちなんだ名前)が定期的に彼の部屋を訪れ、食品の補充等をしています。そして、彼と一度性交するたびに、彼女はひとつ興味深い不思議な話をします。
羽原がなぜ身を隠しているのか? 疑問は解消されませんが、それよりもシェエラザードが語る話にドキドキさせられました。
シェエラザードについて
昔々、サーサーン朝(ササン朝ペルシャ)にシャフリヤールという王がいた(物語上の架空人物)。王はインドと中国も治めていた。ある時、王は、妻の不貞を知り、妻と相手の奴隷たちの首をはねて殺した。
女性不信となった王は、街の生娘を宮殿に呼び一夜を過ごしては、翌朝にはその首をはねた。こうして街から次々と若い女性がいなくなっていった。王の側近の大臣は困り果てたが、その大臣の娘シェヘラザード(シャハラザード)が名乗り出て、これを止めるため、王の元に嫁ぎ妻となった。
明日をも知れぬ中、シェヘラザードは命がけで、毎夜、王に興味深い物語を語る。話が佳境に入った所で「続きは、また明日」そして「明日はもっと面白い」と話を打ち切る。王は、話の続きが聞きたくてシェヘラザードを殺さずに生かし続けて、ついにシェヘラザードは王の悪習を止めさせる。(Wikipediaより)
昔々、サーサーン朝(ササン朝ペルシャ)にシャフリヤールという王がいた(物語上の架空人物)。王はインドと中国も治めていた。ある時、王は、妻の不貞を知り、妻と相手の奴隷たちの首をはねて殺した。
女性不信となった王は、街の生娘を宮殿に呼び一夜を過ごしては、翌朝にはその首をはねた。こうして街から次々と若い女性がいなくなっていった。王の側近の大臣は困り果てたが、その大臣の娘シェヘラザード(シャハラザード)が名乗り出て、これを止めるため、王の元に嫁ぎ妻となった。
明日をも知れぬ中、シェヘラザードは命がけで、毎夜、王に興味深い物語を語る。話が佳境に入った所で「続きは、また明日」そして「明日はもっと面白い」と話を打ち切る。王は、話の続きが聞きたくてシェヘラザードを殺さずに生かし続けて、ついにシェヘラザードは王の悪習を止めさせる。(Wikipediaより)
◆木野(『文藝春秋』2014年2月号)
木野は、妻と会社の親しい同僚との浮気現場を目撃すると、すぐさま家を出、会社も辞めます。そして、伯母から引き継いだ喫茶店を作り替え、バー「木野」を始めます。「木野」には神田(かみた)や不思議なカップルなど、徐々に客がつき始めますが、ある日猫がいなくなり、店の周辺に蛇が現れるようになります。すると、神田から「多くのものが欠けてしまったから」店を閉めて、遠くに長い旅に出るように言われます。それは、木野が「正しくないことをしたからではなく、正しいことをしなかったから」とも言われます。
やがて、木野は正しいことをしなかったことに気づきます。妻の「傷ついたんでしょう、少しくらいは?」という問いに「僕もやはり人間だから、傷つくことは傷つく。少しかたくさんか、程度まではわからないけど」と答えましたが、本当はもっと前に強く傷つくべきだったのです。
木野は家を出てバーを始める準備やその経営に忙殺され(あるいは、忙殺されようとして)、自分の心ときちんと向き合いませんでした。旅に出て、彼は「おれは傷ついている、それもとても深く」ということに気づきます。
木野は、妻と会社の親しい同僚との浮気現場を目撃すると、すぐさま家を出、会社も辞めます。そして、伯母から引き継いだ喫茶店を作り替え、バー「木野」を始めます。「木野」には神田(かみた)や不思議なカップルなど、徐々に客がつき始めますが、ある日猫がいなくなり、店の周辺に蛇が現れるようになります。すると、神田から「多くのものが欠けてしまったから」店を閉めて、遠くに長い旅に出るように言われます。それは、木野が「正しくないことをしたからではなく、正しいことをしなかったから」とも言われます。
やがて、木野は正しいことをしなかったことに気づきます。妻の「傷ついたんでしょう、少しくらいは?」という問いに「僕もやはり人間だから、傷つくことは傷つく。少しかたくさんか、程度まではわからないけど」と答えましたが、本当はもっと前に強く傷つくべきだったのです。
木野は家を出てバーを始める準備やその経営に忙殺され(あるいは、忙殺されようとして)、自分の心ときちんと向き合いませんでした。旅に出て、彼は「おれは傷ついている、それもとても深く」ということに気づきます。
◆女のいない男たち(単行本書き下ろし)