昨夜、高浜虚子選『子規句集』を読み終えました。
虚子の「序」に曰く、「原句は凡そ二万句足らずある中から見るものの便をはかって、二千三百六句を選んだ。選むところのものは私の見て佳句とするものの外、子規の生活、行動、好尚、その頃の時相を知るに足るもの幷(ならび)に或事によって記念すべき句等であった」。以下、一読して気になった句を引用します。
虚子の「序」に曰く、「原句は凡そ二万句足らずある中から見るものの便をはかって、二千三百六句を選んだ。選むところのものは私の見て佳句とするものの外、子規の生活、行動、好尚、その頃の時相を知るに足るもの幷(ならび)に或事によって記念すべき句等であった」。以下、一読して気になった句を引用します。
「寒山落木」巻一(明治18-25年)
梅雨晴やところどころに蟻の道
朝顔にわれ恙なきあした哉
鶯や山をいづれば誕生寺
山々は萌黄浅黄やほとゝぎす
岩々のわれめわれめや山つゝじ
涼しさや馬も海向く淡井阪(あわいざか)
垣ごしや隣へくばる小鰺鮓(こあじずし)
五月雨(さみだれ)や漁婦(たた)ぬれて行くかゝえ帯
蠅憎し打つ気になればよりつかず
なでしこにざうとこけたり竹釣瓶(たけつるべ)
名月や彷彿としてつくば山
我宿の名月芋の露にあり
大空の真つたゞ中やけふの月
名月や汐に追はるゝ磯伝ひ
秋風の一日何を釣る人ぞ
名月はどこでながめん草枕
下駄箱の奥になきけりきりぎりす
桐の木に葉もなき秋の半(なかば)かな
雨風にますます赤し唐辛子
さらさらと竹に音あり夜の雪
炭二俵壁にもたせて冬ごもり
薄(すすき)とも蘆(あし)ともつかず枯れにけり
旅籠屋や山見る窓の釣干菜(つりほしな)
「寒山落木」巻二(明治26年)
我庭に歌なき妹(いも)の茶摘哉
行く春のもたれ心や床柱
鶯の下に庭掃く男かな
白魚や椀の中にも角田川(すみだがわ)
すり鉢に薄紫の蜆(しじみ)かな
面白や馬刀(まて)の居る穴居らぬ穴
初旅や木瓜(ぼけ)もうれしき物の数
一籠(ひとかご)の蜆にまじる根芹(ねぜり)哉
春老てたんぽゝの花吹けば散る
夕まぐれ馬叱る町のあつさ哉
経の声はるかにすゞし杉木立
すゞしさやあるじまつ間の肘枕
蚊の声にらんぷの暗き宿屋哉
梅の実の落て黄なるあり青きあり
盆過の村静かなり猿廻し
壁やれてともし火もるゝ夜寒哉
滝の音のいろいろになる夜長哉
暁のしづかに星の別れ哉
風吹て廻り燈籠の浮世かな
木の末に遠くの花火開きけり
宿もなき旅の夜更けぬ天の川
山の温泉(ゆ)や裸の上の天の川
橋二つ三つ漕ぎ出でゝ月見哉
一寸の草に影ありけふの月
待宵や降ても晴ても面白き
鯉はねて月のさゞ波つくりけり
夕陽(せきよう)に馬洗ひけり秋の海
白萩(しらはぎ)のしきりに露をこぼしけり
「寒山落木」巻三(明治27年)
栴檀(せんだん)のほろほろ落る二月哉
宮嶋や春の夕波うねり来る
春の夜のともし火赤し金屏風
珠数(じゅず)ひろふ人や彼岸の天王寺
春風や木の間に赤き寺一つ
其まゝに花を見た目を瞑(ふさ)がれぬ
夜桜や大雪洞(ぼんぼり)の空うつり
大風の俄(にわ)かに起る幟(のぼり)かな
海原や夕立さわぐ蜑小舟(あまおぶね)
夏山や雲湧いて石横(よこた)はる
舟に寝て我にふりかゝる花火哉
禅寺の門を出づれば星月夜
赤蜻蛉(あかとんぼ)筑波に雲もなかりけり
鳥啼いて赤き木の実をこぼしけり
掛稲に螽(いなご)飛びつく夕日かな
雞(にわとり)の親子引きあふ落穂かな
稲舟(いなぶね)や野菊の渚蓼(たで)の岸
冬の日の刈田のはてに暮れんとす
冬木立五重の塔の聳えけり
「寒山落木」巻四(明治28年)
燕(つばくろ)や酒蔵つゞく灘伊丹
茶畑やところどころに梅の花
六月を奇麗な風の吹くことよ
昼中の白雲涼し中禅寺
涼しさや石燈籠の穴も海
風呂の隅に菖蒲かたよせる女哉
蚊帳釣りて書読む人のともし哉
暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外
清水(きよみず)の阪のぼり行く日傘かな
御仏(みほとけ)も扉をあけて涼みかな
夕立や砂に突き立つ青松葉
夏山や万象青く橋赤し
説教にけがれた耳を時鳥(ほととぎす)
古池や翡翠(かわせみ)去って魚浮ぶ
名も知らぬ大木多し蝉の声
蝸牛(ででむし)や雨雲さそふ角(つの)のさき
山越えて城下見おろす若葉哉
柿の花土塀の上にこぼれけり
弁天の石橋低し蓮の花
叢(くさむら)に鬼灯(ほおずき)青き空家(あきや)かな
秋立てば淋し立たねばあつくるし
大仏の足もとに寐る夜寒哉
長き夜の面白きかな水滸伝
行く秋をしぐれかけたり法隆寺
行く我にとゞまる汝(なれ)に秋二つ
人かへる花火のあとの暗さ哉
音もなし松の梢の遠花火
名月や寺の二階の瓦頭口(がとうぐち)
月暗し一筋白き海の上
読みさして月が出るなり須磨の巻
月の座や人さまざまの影法師
般若寺の釣鐘細し秋の風
社壇百級秋の空へと上る人
那古寺の椽(えん)の下より秋の海
道尽きて雲起りけり秋の山
鹿聞いて淋しき奈良の宿屋哉
我に落ちて淋しき桐の一葉(ひとは)かな
木槿(むくげ)咲く塀や昔の武家屋敷
渋柿やあら壁つゞく奈良の町
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
麓から寺まで萩の花五町
道の辺や荊(いばら)がくれに野菊咲く
藁葺(わらぶき)の法華の寺や雞頭花
溝川を埋めて蓼(たで)のさかりかな
子を負ふて女痩田(やせだ)の稲を刈る
籾干すや雞(にわとり)遊ぶ門の内
牛蒡(ごぼう)肥えて鎮守の祭近よりぬ
谷あひや谷は掛稲(かけいね)山は柿
漱石が来て虚子が来て大三十日(おおみそか)
旅籠屋の我につれなき寒さ哉
月影や外は十夜(じゅうや)の人通り
煤払(すすはき)や神も仏も草の上
千年の煤もはらはず仏だち
冬ごもり金平本(きんぴらぼん)の二三冊
無精さや蒲団の中で足袋をぬぐ
うとましや世にながらへて冬の蠅
我病みて冬の蠅にも劣りけり
帰り咲く八重の桜や法隆寺
古寺や大日如来水仙花
「寒山落木」巻五(明治29年)
人に貸して我に傘なし春の雨
燕(つばくろ)のうしろも向かぬ別れ哉
夏毎に痩せ行く老(おい)の思ひかな
ほろほろと雨吹きこむや青簾(あおすだれ)
夏嵐机上の白紙飛び尽す
五月雨やしとゞ濡れたる恋衣
今日も亦君返さじとさみだるゝ
いのちありて今年の秋も涙かな
案山子(かがし)にも劣りし人の行へかな
酒のあらたならんよりは蕎麦のあらたなれ
北国の庇(ひさし)は長し天の川
野分(のわき)の夜(よ)書読む心定まらず
人にあひて恐しくなりぬ秋の山
竹竿のさきに夕日の蜻蛉(とんぼ)かな
渋柿は馬鹿の薬になるまいか
何ともな芒(すすき)がもとの吾亦紅(われもこう)
野の道や十夜戻りの小提灯
年忘橙(だいだい)剝(む)いて酒酌(く)まん
夕烏一羽おくれてしぐれけり
棕櫚(しゅろ)の葉のばさりばさりとみぞれけり
百菊(ももぎく)の同じ色にぞ枯れにける
「俳句稿」巻一(明治30-32年)
山吹や小鮒入れたる桶に散る
余命いくばくかある夜短し
君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く
宵月や黍(きび)の葉がくれ行水す
虫干やけふは俳書の家集の部
絵の嶋や薫風(くんぷう)魚の新しき
人寐(い)ねて蛍飛ぶ也蚊帳の中
銀屛に燃ゆるが如き牡丹哉
芋阪の団子屋寐たりけふの月
書に倦(う)むや蜩(ひぐらし)鳴て飯遅し
御仏に供へあまりの柿十五
冬ざれの厨(くりや)に赤き蕪(かぶら)かな
静かさに雪積りけり三四尺
めでたさも一茶位や雑煮餅
うたゝ寐に風引く春の夕哉
山吹の花くふ馬を叱りけり
水無月の山吹の花にたとふべし
つゝじ多き田舎の寺や花御堂(はなみどう)
祇園会や二階に顔のうづ高き
滊車の窓に首出す人や瀬田の秋
野分して片枝折れし松の月
手に満つる蜆(しじみ)うれしや友を呼ぶ
かたまりて黄なる花さく夏野哉
雞頭の皆倒れたる野分哉
画き習ふ秋海棠(しゆうかいどう)の絵具哉
「俳句稿」巻二・「俳句稿」以後(明治33-35年)
初芝居見て来て曠著(はれぎ)いまだ脱がず
湯に入るや湯満ちて菖蒲あふれこす
鉢植の梅の実黄なり時鳥(ほととぎす)
菓子赤く茶の花白き忌日(きにち)哉
大三十日(おおみそか)愚なり元日猶愚也
何も書かぬ赤短冊や春浅し
寐牀(ねどこ)から見ゆる小庭の牡丹かな
痩骨(やせぼね)をさする朝寒夜寒かな
朝な朝な粥くふ冬となりにけり
薬のむあとの蜜柑や寒の内
君を呼ぶ内証話(ないしよばなし)や鮟鱇汁
枯尽くす糸瓜(へちま)の棚の氷柱(つらら)哉
下総の国の低さよ春の水
花の宿くたびれ足を按摩哉
夏野行く人や天狗の面を負ふ
痰一斗糸瓜の水も間にあはず
梅雨晴やところどころに蟻の道
朝顔にわれ恙なきあした哉
鶯や山をいづれば誕生寺
山々は萌黄浅黄やほとゝぎす
岩々のわれめわれめや山つゝじ
涼しさや馬も海向く淡井阪(あわいざか)
垣ごしや隣へくばる小鰺鮓(こあじずし)
五月雨(さみだれ)や漁婦(たた)ぬれて行くかゝえ帯
蠅憎し打つ気になればよりつかず
なでしこにざうとこけたり竹釣瓶(たけつるべ)
名月や彷彿としてつくば山
我宿の名月芋の露にあり
大空の真つたゞ中やけふの月
名月や汐に追はるゝ磯伝ひ
秋風の一日何を釣る人ぞ
名月はどこでながめん草枕
下駄箱の奥になきけりきりぎりす
桐の木に葉もなき秋の半(なかば)かな
雨風にますます赤し唐辛子
さらさらと竹に音あり夜の雪
炭二俵壁にもたせて冬ごもり
薄(すすき)とも蘆(あし)ともつかず枯れにけり
旅籠屋や山見る窓の釣干菜(つりほしな)
「寒山落木」巻二(明治26年)
我庭に歌なき妹(いも)の茶摘哉
行く春のもたれ心や床柱
鶯の下に庭掃く男かな
白魚や椀の中にも角田川(すみだがわ)
すり鉢に薄紫の蜆(しじみ)かな
面白や馬刀(まて)の居る穴居らぬ穴
初旅や木瓜(ぼけ)もうれしき物の数
一籠(ひとかご)の蜆にまじる根芹(ねぜり)哉
春老てたんぽゝの花吹けば散る
夕まぐれ馬叱る町のあつさ哉
経の声はるかにすゞし杉木立
すゞしさやあるじまつ間の肘枕
蚊の声にらんぷの暗き宿屋哉
梅の実の落て黄なるあり青きあり
盆過の村静かなり猿廻し
壁やれてともし火もるゝ夜寒哉
滝の音のいろいろになる夜長哉
暁のしづかに星の別れ哉
風吹て廻り燈籠の浮世かな
木の末に遠くの花火開きけり
宿もなき旅の夜更けぬ天の川
山の温泉(ゆ)や裸の上の天の川
橋二つ三つ漕ぎ出でゝ月見哉
一寸の草に影ありけふの月
待宵や降ても晴ても面白き
鯉はねて月のさゞ波つくりけり
夕陽(せきよう)に馬洗ひけり秋の海
白萩(しらはぎ)のしきりに露をこぼしけり
「寒山落木」巻三(明治27年)
栴檀(せんだん)のほろほろ落る二月哉
宮嶋や春の夕波うねり来る
春の夜のともし火赤し金屏風
珠数(じゅず)ひろふ人や彼岸の天王寺
春風や木の間に赤き寺一つ
其まゝに花を見た目を瞑(ふさ)がれぬ
夜桜や大雪洞(ぼんぼり)の空うつり
大風の俄(にわ)かに起る幟(のぼり)かな
海原や夕立さわぐ蜑小舟(あまおぶね)
夏山や雲湧いて石横(よこた)はる
舟に寝て我にふりかゝる花火哉
禅寺の門を出づれば星月夜
赤蜻蛉(あかとんぼ)筑波に雲もなかりけり
鳥啼いて赤き木の実をこぼしけり
掛稲に螽(いなご)飛びつく夕日かな
雞(にわとり)の親子引きあふ落穂かな
稲舟(いなぶね)や野菊の渚蓼(たで)の岸
冬の日の刈田のはてに暮れんとす
冬木立五重の塔の聳えけり
「寒山落木」巻四(明治28年)
燕(つばくろ)や酒蔵つゞく灘伊丹
茶畑やところどころに梅の花
六月を奇麗な風の吹くことよ
昼中の白雲涼し中禅寺
涼しさや石燈籠の穴も海
風呂の隅に菖蒲かたよせる女哉
蚊帳釣りて書読む人のともし哉
暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外
清水(きよみず)の阪のぼり行く日傘かな
御仏(みほとけ)も扉をあけて涼みかな
夕立や砂に突き立つ青松葉
夏山や万象青く橋赤し
説教にけがれた耳を時鳥(ほととぎす)
古池や翡翠(かわせみ)去って魚浮ぶ
名も知らぬ大木多し蝉の声
蝸牛(ででむし)や雨雲さそふ角(つの)のさき
山越えて城下見おろす若葉哉
柿の花土塀の上にこぼれけり
弁天の石橋低し蓮の花
叢(くさむら)に鬼灯(ほおずき)青き空家(あきや)かな
秋立てば淋し立たねばあつくるし
大仏の足もとに寐る夜寒哉
長き夜の面白きかな水滸伝
行く秋をしぐれかけたり法隆寺
行く我にとゞまる汝(なれ)に秋二つ
人かへる花火のあとの暗さ哉
音もなし松の梢の遠花火
名月や寺の二階の瓦頭口(がとうぐち)
月暗し一筋白き海の上
読みさして月が出るなり須磨の巻
月の座や人さまざまの影法師
般若寺の釣鐘細し秋の風
社壇百級秋の空へと上る人
那古寺の椽(えん)の下より秋の海
道尽きて雲起りけり秋の山
鹿聞いて淋しき奈良の宿屋哉
我に落ちて淋しき桐の一葉(ひとは)かな
木槿(むくげ)咲く塀や昔の武家屋敷
渋柿やあら壁つゞく奈良の町
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
麓から寺まで萩の花五町
道の辺や荊(いばら)がくれに野菊咲く
藁葺(わらぶき)の法華の寺や雞頭花
溝川を埋めて蓼(たで)のさかりかな
子を負ふて女痩田(やせだ)の稲を刈る
籾干すや雞(にわとり)遊ぶ門の内
牛蒡(ごぼう)肥えて鎮守の祭近よりぬ
谷あひや谷は掛稲(かけいね)山は柿
漱石が来て虚子が来て大三十日(おおみそか)
旅籠屋の我につれなき寒さ哉
月影や外は十夜(じゅうや)の人通り
煤払(すすはき)や神も仏も草の上
千年の煤もはらはず仏だち
冬ごもり金平本(きんぴらぼん)の二三冊
無精さや蒲団の中で足袋をぬぐ
うとましや世にながらへて冬の蠅
我病みて冬の蠅にも劣りけり
帰り咲く八重の桜や法隆寺
古寺や大日如来水仙花
「寒山落木」巻五(明治29年)
人に貸して我に傘なし春の雨
燕(つばくろ)のうしろも向かぬ別れ哉
夏毎に痩せ行く老(おい)の思ひかな
ほろほろと雨吹きこむや青簾(あおすだれ)
夏嵐机上の白紙飛び尽す
五月雨やしとゞ濡れたる恋衣
今日も亦君返さじとさみだるゝ
いのちありて今年の秋も涙かな
案山子(かがし)にも劣りし人の行へかな
酒のあらたならんよりは蕎麦のあらたなれ
北国の庇(ひさし)は長し天の川
野分(のわき)の夜(よ)書読む心定まらず
人にあひて恐しくなりぬ秋の山
竹竿のさきに夕日の蜻蛉(とんぼ)かな
渋柿は馬鹿の薬になるまいか
何ともな芒(すすき)がもとの吾亦紅(われもこう)
野の道や十夜戻りの小提灯
年忘橙(だいだい)剝(む)いて酒酌(く)まん
夕烏一羽おくれてしぐれけり
棕櫚(しゅろ)の葉のばさりばさりとみぞれけり
百菊(ももぎく)の同じ色にぞ枯れにける
「俳句稿」巻一(明治30-32年)
山吹や小鮒入れたる桶に散る
余命いくばくかある夜短し
君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く
宵月や黍(きび)の葉がくれ行水す
虫干やけふは俳書の家集の部
絵の嶋や薫風(くんぷう)魚の新しき
人寐(い)ねて蛍飛ぶ也蚊帳の中
銀屛に燃ゆるが如き牡丹哉
芋阪の団子屋寐たりけふの月
書に倦(う)むや蜩(ひぐらし)鳴て飯遅し
御仏に供へあまりの柿十五
冬ざれの厨(くりや)に赤き蕪(かぶら)かな
静かさに雪積りけり三四尺
めでたさも一茶位や雑煮餅
うたゝ寐に風引く春の夕哉
山吹の花くふ馬を叱りけり
水無月の山吹の花にたとふべし
つゝじ多き田舎の寺や花御堂(はなみどう)
祇園会や二階に顔のうづ高き
滊車の窓に首出す人や瀬田の秋
野分して片枝折れし松の月
手に満つる蜆(しじみ)うれしや友を呼ぶ
かたまりて黄なる花さく夏野哉
雞頭の皆倒れたる野分哉
画き習ふ秋海棠(しゆうかいどう)の絵具哉
「俳句稿」巻二・「俳句稿」以後(明治33-35年)
初芝居見て来て曠著(はれぎ)いまだ脱がず
湯に入るや湯満ちて菖蒲あふれこす
鉢植の梅の実黄なり時鳥(ほととぎす)
菓子赤く茶の花白き忌日(きにち)哉
大三十日(おおみそか)愚なり元日猶愚也
何も書かぬ赤短冊や春浅し
寐牀(ねどこ)から見ゆる小庭の牡丹かな
痩骨(やせぼね)をさする朝寒夜寒かな
朝な朝な粥くふ冬となりにけり
薬のむあとの蜜柑や寒の内
君を呼ぶ内証話(ないしよばなし)や鮟鱇汁
枯尽くす糸瓜(へちま)の棚の氷柱(つらら)哉
下総の国の低さよ春の水
花の宿くたびれ足を按摩哉
夏野行く人や天狗の面を負ふ
痰一斗糸瓜の水も間にあはず