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村上春樹『職業としての小説家』を読みました。

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今日、村上春樹のエッセイ集『職業としての小説家』(2015.9)を読み終えました。以下、気になった文章を引用、あるいは要約しようと思います。
なお、本書の第1回から第6回までは『MONKEY』vol.1~vol.6に連載され、第12回は『考える人』2013年夏号に掲載されたものです。他はすべて書き下ろし。

第1回 小説家は寛容な人種なのか

小説は誰にでも書けるが、小説家として生き残るのは至難の業。
 あくまで僕の個人的な意見ではありますが、小説を書くというのは、基本的にはずいぶん「鈍臭い」作業です。そこにはスマートな要素はほとんど見当たりません。一人きりで部屋にこもって「ああでもない、こうでもない」とひたすら文章をいじっています。机の前で懸命に頭をひねり、丸一日かけて、ある一行の文章的精度を少しばかり上げたからといって、それに対して誰が拍手をしてくれるわけでもありません。誰が「よくやった」と肩を叩いてくれるわけでもありません。自分一人で納得し、「うんうん」と黙って肯くだけです。本になったとき、その一行の文章的精度に注目してくれる人なんて、世間にはただの一人もいないかもしれません。小説を書くというのはまさにそういう作業なのです。やたら手間がかかって、どこまでも辛気くさい仕事なのです。(P23)
 というわけで僕は、長い年月飽きもせずに(というか)小説を書き続けている作家たちに対して――つまり僕の同僚たちに対して、ということになりますが――一様に敬意を抱いています。当然のことながら、彼らの書く作品のひとつひとつについては個人的な好き嫌いはあります。でもそれはそれとして、二十年、三十年にもわたって職業的小説家として活躍し続け、あるいは生き延び、それぞれに一定数の読者を獲得している人たちには、小説家としての、何かしら優れた強い核(コア)のようなものが備わっているはずだと考えるからです。小説を書かずにはいられない内的なドライブ。長期間にわたる孤独な作業を支える強靱な忍耐力。それは小説家という職業人としての資質、資格、と言ってしまっていいかもしれません。
 小説をひとつ書くのはそれほどむずかしくない。優れた小説をひとつ書くのも、人によってはそれほどむずかしくない。簡単だとまでは言いませんが、できないことではありません。しかし小説をずっと書き続けるというのはずいぶんむずかしい。誰にでもできることではない。そうするには、さっきも申し上げましたように、特別な資格のようなものが必要になってくるからです。それはおそらく「才能」とはちょっと別のところにあるものでしょう。(P26-27)

第2回 小説家になった頃

1978年4月のよく晴れた日の午後
 デイブ・ヒルトンがトップ・バッターとして、神宮球場で美しく鋭い二塁打を打ったその瞬間、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」という啓示のようなものが落ちてきた。

独自の文体を獲得
 『風の歌を聴け』を何か月かかけて書いたが、いちおう小説としての形はなしているものの、読んでいて面白くないし、読み終えて心に訴えかけてくるものがない。
 そこで、オリベッティの英文タイプライターを使い、『風の歌を聴け』の出だしを英語で書いてみた。すると、英語の作文能力なんてたかがしれたものだったが、たとえ言葉や表現の数が限られていても、それを効果的に組み合わせることができれば、そのコンビネーションの持って行き方によって、感情表現・意志表現はけっこううまくできるものだと気づいた。
 次に、英語で書き上げた文章を日本語に「翻訳」していった。すると、そこに新しい日本語の文体が浮かび上がってきて、それが独自の文体となった。

第3回 文学賞について

 著者と同意見です。

第4回 オリジナリティーについて

 最初の話に戻りますが、「オリジナリティー」という言葉を口にするとき、僕の頭に浮かぶのは十代初めの僕自身の姿です。自分の部屋で小さなトランジスタ・ラジオの前に座り、生まれて初めてビーチボーイズを聴き(『サーフィンUSA』)、ビートルズを聴いています(『プリーズ・プリーズ・ミー』)。そして心を震わせ、「これはなんと素晴らしい音楽だろう。こんな響きはこれまで耳にしたことがなかった」と思っています。その音楽は僕の魂の新しい窓を開き、その窓からこれまでにない新しい空気が吹き込んできます。そこにあるのは幸福な、そしてどこまでも自然な高揚感です。いろんな現実の制約から解き放たれ、自分の身体が地上から数センチだけ浮き上がっているような気がします。それが僕にとっての「オリジナリティー」というもののあるべき姿です。とても単純に。
 このあいだ「ニューヨーク・タイムズ」(2014/2/2)を読んでいたら、デビュー当時のビートルズについてこのように書いてありました。

 They produced a sound that was fresh,energetic and unmistakably their own.
 (彼らの創り出すサウンドは新鮮で、エネルギーに満ちて、そして間違いなく彼ら自身のものだった)

 とてもシンプルな表現だけど、これがオリジナリティーの定義としてはいちばんわかりやすいかもしれませんね。「新鮮で、エネルギーに満ちて、そして間違いなくその人自身のものであること」。
 オリジナリティーとは何か、言葉を用いて定義するのはとてもむずかしいけれど、それがもたらす心的状態を描写し、再現することは可能です。そして僕はできることなら小説を書くことによって、そのような「心的状態」を自分の中にもう一度立ち上げてみたいといつも思っています。なぜならそれは実に素晴らしい心持ちであるからです。今日という一日の中に、もうひとつ別の新しい一日が生じたような、そんなすがすがしい気持ちがします。
 そしてもしできることなら、僕の本を読んでくれる読者にも、それと同じ心持ちを味わっていただきたい。人々の心の壁に新しい窓を開け、そこに新鮮な空気を吹き込んでみたい。それが小説を書きながら常に僕の考えていることであり、希望していることです。理屈なんか抜きで、ただただ単純に。(P104-105)

第5回 さて、何を書けばいいのか?

小説家になるためには、どんな訓練なり習慣が必要か?
 それで僕は思うのですが、小説家になろうという人にとって重要なのは、とりあえず本をたくさん読むことでしょう。‥‥。
 とくに年若い時期には、一冊でも多くの本を手に取る必要があります。優れた小説も、それほど優れていない小説も、あるいはろくでもない小説だって(ぜんぜん)かまいません、とにかくどしどし片端から読んでいくこと。少しでも多くの物語に身体を通過させていくこと。たくさんの優れた文章に出会うこと。ときには優れていない文章に出会うこと。それがいちばん大事な作業になります。小説家にとっての、なくてはならない基礎体力になります。‥‥。(P110-111)

 その次に――おそらく実際に手を動かして文章を書くより先に――来るのは、自分が目にする事物や事象を、とにかく子細に観察する習慣をつけることじゃないでしょうか。まわりにいる人々や、周囲で起こるいろんなものごとを何はともあれ丁寧に、注意深く観察する。そしてそれについてあれこれ考えをめぐらせる。しかし「考えをめぐらせる」といっても、ものごとの是非や価値について早急に判断を下す必要はありません。結論みたいなものはできるだけ留保し、先送りするように心がけます。大事なのは明瞭な結論を出すことではなく、そのものごとのありようを、素材=マテリアルとして、なるたけ現状に近い形で頭にありありと留めておくことです。(P111)

どのように書くか?
 それはやはり、ヘミングウェイという人が素材の中から力をえて、物語を書いていくタイプの作家であったからではなかったかと僕は推測します。おそらくはそのために、進んで戦争に参加したり(第一次大戦、スペイン内戦、第二次大戦)、アフリカで狩りをしたり、釣りをしてまわったり、闘牛にのめり込んだりといった生活を続けることになりました。常に外的な刺激を必要としたのでしょう。‥‥。
 誤解されると困るんですが、僕は、戦争や闘牛やハンティングみたいな経験に意味がないと言っているのではありません。もちろん意味はあります。何ごとによらず、経験をするというのは作家にとってすごく大事なことです。しかしそういうダイナミックな経験を持たない人でも小説は書けるんだということを僕は個人的に言いたいだけです。どんな小さな経験からだって人は、やりようによってはびっくりするほどの力を引き出すことが出来ます。(P126-127)

第6回 時間を味方につける――長編小説を書くこと

長編小説を書く手順
・400字詰原稿用紙にして、一日10枚見当で原稿を書く。
・第一稿を終えたら、一週間くらい休む。その後、一、二か月かけて一回目の書き直しを行う。
・一回目の書き直しが終わったら、一週間ほど置いて、二回目の書き直しに入る。
・二回目の書き直しが終わったら、また少し間を置いて、三回目の書き直しに入る。
・三回目の書き直しが終わったら、長い休み(半月から一か月)をとり、作品を「寝かせる」。
・細かい部分の徹底的な書き直しを行う。
・第三者(奥さん)に読んでもらい、指摘された部分を書き直し。そして、また書き直し。
 彼女の批評には、「たしかにそうだな」「ひょっとしたらそうかもしれない」と思えることもあります。そう思えるようになるまでに、数日を要する場合もありますが。また「いや、そんなことはない。僕の考えの方がやはり正しい」と思うこともあります。でもそのような「第三者導入」プロセスにおいて、僕にはひとつ個人的ルールがあります。それは「けちをつけられた部分があれば、何はともあれ書き直そうぜ」ということです。批判に納得がいかなくても、とにかく指摘を受けた部分があれば、そこを頭から書き直します。指摘に同意できない場合には、相手の助言とはぜんぜん違う方向に書き直したりもします。
 でも方向性はともかく、腰を据えてその箇所を書き直し、それを読み直してみると、ほとんどの場合その部分が以前より改良されていることに気づきます。僕は思うのだけど、読んだ人がある部分について何かを指摘するとき、指摘の方向性はともかく、そこには何かしらの問題が含まれていることが多いようです。つまりその部分で小説の流れが、多かれ少なかれつっかえているということです。そして僕の仕事はそのつっかえを取り除くことです。(P147-148)
 何度くらい書き直すのか? そう言われても正確な回数まではわかりません。原稿の段階でもう数え切れないくらい書き直しますし、出版社に渡してゲラになってからも、相手がうんざりするくらい何度もゲラを出してもらいます。ゲラを真っ黒にして送り返し、新しく送られてきたゲラをまた真っ黒にするという繰り返しです。前にも言ったように、これは根気のいる作業ですが、僕にとってはさして苦痛ではありません。同じ文章を何度も読み返して響きを確かめたり、言葉の順番を入れ替えたり、些細な表現を変更したり、そういう「とんかち仕事」が僕は根っから好きなのです。ゲラが真っ黒になり、机に並べた十本ほどのHBの鉛筆がどんどん短くなっていくのを目にすることに、大きな喜びを感じます。なぜかはわからないけれど、僕にとってはそういうことが面白くてしょうがないのです。いつまでやっていてもちっとも飽きません。(P153)

第7回 どこまでも個人的でフィジカルな営み

フィジカルな力とスピリチュアルな力のバランスが大事
 たとえば、これはあくまで僕の場合はということですが、書き下ろしの長編小説を書くには、一年以上(二年、あるいは時によっては三年)書斎にこもり、机に向かって一人でこつこつと原稿を書き続けることになります。朝早く起きて、毎日五時間から六時間、意識を集中して執筆します。それだけ必死になってものを考えると、脳が一種の過熱状態になり(文字通り頭皮が熱くなることもあります)、しばらくは頭がぼんやりしています。だから午後は昼寝をしたり、音楽を聴いたり、害のない本を読んだりします。そんな生活をしているとどうしても運動不足になりますから、毎日だいたい一時間は外に出て運動をします。そして翌日の仕事に備えます。来る日も来る日も、判で押したみたいに同じことを繰り返します。
 孤独な作業だ、というとあまりにも月並みな表現になってしまいますが、小説を書くというのは――とくに長い小説を書いている場合には――実際にずいぶん孤独な作業です。ときどき深い井戸の底に一人で座っているような気持ちになります。誰も助けてはくれませんし、誰も「今日はよくやったね」と肩を叩いて褒めてもくれません。その結果として生み出された作品が誰かに褒められるということは(もちろんうまくいけばですが)ありますが、それを書いている作業そのものについて、人はとくに評価してはくれません。それは作家が自分一人で、黙って背負わなくてはならない荷物です。(P166-167)

第8回 学校について

 とはいっても、僕が学校教育に望むのは「子供たちの想像力を豊かにしよう」というようなことではありません。そこまでは望みません。子供たちの想像力を豊かにするのは、なんといっても子供たち自身だからです。先生でもないし、教育設備でもありません。ましてや国や自治体の教育方針なんかではない。子供たちみんながみんな、豊かな想像力を持ち合わせているわけではありません。駆けっこの得意な子供がいて、一方で駆けっこのあまり得意ではない子供がいるのと同じことです。想像力の豊かな子供たちがいて、その一方で想像力のあまり豊かとは言えない――でもおそらく他の方面に優れた才能を発揮する――子供たちがいます。当然のことです。それが社会です。「子供たちの想像力を豊かにしよう」なんていうのがひとつの決まった「目標」になると、それはそれでまた変なことになってしまいそうです。
 僕が学校に望むのは、「想像力を持っている子供たちの想像力を圧殺してくれるな」という、ただそれだけです。それで十分です。ひとつひとつの個性に生き残れる場所を与えてもらいたい。そうすれば学校はもっと充実した自由な場所になっていくはずです。そして同時に、それと並行して、社会そのものも、もっと充実した自由な場所になっていくはずです。(P213)

第9回 どんな人物を登場させようか?

・今度、ドストエフスキーの『悪霊』を読もうと思う。

第10回 誰のために書くのか?

 もし全員を楽しませられないのなら
 自分で楽しむしかないじゃないか(リック・ネルソン『ガーデン・パーティー』)(P253)
 私が言いたいのは、君のやりたいように演奏すればいいということだ。世間が何を求めているかなんて、そんなことは考えなくていい。演奏したいように演奏し、君のやっていることを世間に理解させればいいんだ。たとえ十五年、二十年かかったとしてもだ。(セロニアス・モンク)(P253)
 もちろん自分が楽しめれば、結果的にそれが芸術作品として優れているということにはなりません。言うまでもなく、そこには峻烈な自己相対化作業が必要とされます。最低限の支持者を獲得することも、プロとしての必須条件になります。しかしそのへんさえある程度クリアできれば、あとは「自分が楽しめる」「自分が納得できる」というのが何より大事な目安になってくるのではないかと僕は考えます。だって楽しくないことをやりながら生きる人生というのは、生きていてあまり楽しくないからです。そうですよね? 気分が良くて何が悪い――という出発点にまた立ち戻る、というか。(P254)

第11回 海外へ出て行く。新しいフロンティア

 「村上春樹の書くものは所詮、外国文学の焼き直しであって、そんなものはせいぜい日本国内でしか通用しない」というようなこともよく言われました。僕は自分の書くものが「外国文学の焼き直し」だなんてちっとも思わなかったし、むしろ自分は、日本語のツールとしての新しい可能性を積極的に追求し模索しているつもりでいたので、「そう言うのなら、僕の作品が外国で通用するかしないか、ひとつ試してみようじゃないか」という挑戦的な思いは、正直言ってなくはありませんでした。僕は決して負けず嫌いな性格ではありませんが、納得のいかないことは納得がいくまでとことん確かめてみたいと思うところはあります。
 それにもし外国を中心に活動できるようになれば、そういう日本国内のややこしい文芸業界と関わり合う必要性も少しは減ってくるかもしれません。何を言われても知らん顔で聞き流していればいい。僕にとってはそういう可能性もまた、「ひとつ海外で頑張ってみよう」と思う要因になりました。考えてみれば、日本国内で批評的に叩かれたことが、海外進出への契機になったわけですから、逆に貶されてラッキーだったと言えるかもしれません。どんな世界でもそうですが、「褒め殺し」くらい怖いものはありません。(P281)

第12回 物語のあるところ・河合隼雄先生の想い出


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