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『現代短歌の鑑賞101』を読みました。〈2〉

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昭和/戦後
◆日高堯子
 東歌の爐△畢瓩箸寞造錣譴盪疏陲旅瓩弔茲上総野に生(あ)る
 荷風の好みし大黒屋のかつ丼を食めどもただのかつ丼なりし
 けけれなくとふ古語をかし ふつふつとひとりわらへり春の真夜中
 〈遠人愛〉といひしはニーチェ ひとを恋ふ心は思想のやうには死なず
 来よといふ声の鼻音ぞやさしくて受話器を投げて月下を出づる
◆沖 ななも
 愛などと呼べどもこの世にあらぬもの風船かずらの実のなかの空(くう)
 父母(ちちはは)は梅をみておりわれひとり梅のむこうの空を見ている
 一つずつ失いゆけば失うもの多く持ちいしことにおどろく 
 一つ一つ放棄しゆけり捨てられるものがそれでもあるうちはよし
◆河野裕子
 逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと
 青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり
 たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
 夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと
 ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり

 むかしむかし涼しき音をよろこびし時計の下に宵のうたた寝
 たつたこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる
 一生に一度使ふことばは何だらう西日の中にうつ伏し眠る子に
 あと三十年残つてゐるだらうか梨いろの月のひかりを口あけて吸ふ
◆時田則雄
 トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ
◆三枝浩樹
 一片の雲ちぎれたる風景にまじわることも無きわれの傷
◆香川ヒサ
 トーストが黒こげになるこのことはなかつたといふことにしませう
◆永田和宏
 きみに逢ふ以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり
 岬は雨、と書きやらんかな逢わぬ日々を黒きセーター脱がずに眠る
 背後より触るればあわれえのひらの大きさに乳房は創られたりき
 敵ばかりわれには見えて壮年と呼ばるる辛(から)きこの夏のひかり
 もうわれを叱りてくるる人あらず 学生の目を見据えて叱る
◆小池 光
 佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず
◆道浦母都子
 君のこと想いて過ぎし独房のひと日をわれの青春とする
 どこかさめて生きているようなやましさはわれらの世代の悲しみなりき
 こみあげる悲しみあれば屋上に幾度も海を確かめに行く
 生きていれば意志は後から従きくると思いぬ冬の橋渡りつつ
 全存在として抱かれいたるあかときのわれを天上の花と思わむ

 如何ならむ思いにひとは鐘を打つ鐘打つことは断愛に似て
 ひと恋はばひとを殺(あや)むるこころとは風に乱るる夕菅の花
 水晶橋 雨後を渡れば逢うという時間の中を生きし日のごと
 四十(しじゅう)代この先生きて何がある風に群れ咲くコスモスの花
 取り落とし床に割れたる鶏卵を拭きつつなぜか湧く涙あり
 夜を来て大観覧車に揺られいる一人のわれに風吹くばかり
◆阿木津 英
 唇をよせて言葉を放てどもわたしとあなたはわたしとあなた
 この昼のわけのわからぬ悲しみを木の箸をもて選り分けている
 ああああと声に出だして追い払うさびしさはタイル磨きながらに
◆島田修三
 例ふればちあきなおみの唇(くち)の感じああいふ感じの横雲浮くも
 抒情とは断じて縁なき激情に週余をのたうつ須可捨焉可(すてっちまをうか)、歌なぞ
◆山田富士郎
 イースターエッグを置かむうつぶせの白き背中のしろきくぼみに
◆永井陽子
 鹿たちも若草の上(へ)にねむるゆゑおやすみ阿修羅おやすみ迦楼羅
◆影山一男
 人生に時折あるさ良いことがたとへばポテンヒットのやうな
◆武下奈々子
 柿の実が柿の甘さに辿りつく時間(とき)の豊かさよ日当たりながら
◆今野寿美
 きみが手の触れしばかりにほどけたる髪のみならずかの夜よりは
 追憶のもつとも明るきひとつにてま夏弟のドルフィンキック
 夏ゆけばいつさい棄てよ忘れよといきなり花になる曼珠沙華
◆松平盟子
 やうやくに飼ひならしたる猗瓩醗キ瓩牴个醗Ν瓩鵬察覆ん)かよふことあはれ
 押しひらくちから蕾に秘められて万の桜はふるえつつ咲く
 くちびるは柔らかきゆえ罪深し針魚(さより)の銀の細身を好む
 真鍮のバーに凭(もた)れてきくジャズの「煙が目にしみる」 そう、しみるわ
 ファスナーは銀の直線、みずからを断つ涼しさに引き下げており
◆栗木京子
 観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)
 退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都
 せつなしとミスター・スリム喫ふ真昼夫は働き子は学びをり
 出奔の夢すてきれず氷るほどつめたきトマト頬ばりながら
 寂しいとき抱きたし胸でも子でもなく風にそびゆる樟(くす)の若幹

 負け馬に乗り換へほくほく往く生もたのしからむがわれは勝ちたし
◆井辻朱美
 椰子の葉と象の耳ほどこの星の風が愛したかたちはなかった
◆小島ゆかり
 柿の朱は不思議なる色あをぞらに冷たく卓にあたたかく見ゆ
 椿見ぬ春はさみしき うすくうすく紅(べに)さし死ののちも日本人
 マンモスもペリカンも来よからつぽのプールのやうな秋のこころに
◆水原紫苑
 菜の花の黄(きひ)溢れたりゆふぐれの素焼の壺に処女のからだに
 興福寺少年阿修羅にかなしみを与へし仏師の背や広からむ
 まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ
 ほほゑみの飛鳥ぼとけは一木(いちぼく)のさやげるいのち狩りたまひけり
 おそろしき夢のひとつに白萩の直立 もはやあなたが見えぬ

 くちづけの深さをおもひいづるとき雲雀よ雲雀そらを憎めよ
 抱擁に閉ぢしまぶたの暗がりに石切場見ゆ石の母見ゆ
◆川野里子
 青葉梟ほほと声してふたり行く悲のうらがはのやはらかき闇
◆米川千嘉子
 〈女は大地〉かかる矜持のつまらなさ昼さくら湯はさやさやと澄み
 白藤のせつなきまでに重き房かかる力に人恋へといふ
 やはらかく二十代批判されながら目には見ゆあやめをひたのぼる水
 春の鶴の首打ちかはす鈍き音こころ死ねよとひたすらに聴く
 桃の蜜手のひらの見えぬ傷に沁む若き日はいついかに終らむ

 氷河期より四国一花(しこくいちげ)は残るといふほのかなり君がふるさとの白
 否(いな)といふこころに食めりみづみづと平原のやうな大真桑瓜
 子は天与の者にてあるか秋の陽は贋金(にせがね)のごと黄菊を照らす
 木賊にくる春といふさびしきものありてマルグリット・デュラスの恋も死にたり
 旅に見し老い杉も老い藤も夢に来て人間として笑めば泣きたり
◆加藤治郎
 荷車に春のたまねぎ弾みつつ アメリカを見たいって感じの目だね
 もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに
 ブリティッシュ・ブレッド・アンド・ベジタブル あなたにちょっとてつだってもらって
 とけかけの氷を右にまわしたりしずめたりまた夏が来ている
 言葉ではない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ラン!
◆大辻隆弘
 体内に海抱くことのさびしさのたとへばランゲルハンス島といふ島
 青春はたとへば流れ解散のごときわびしさ杯をかかげて
◆穂村 弘
 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ
 ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は
 ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり
 サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい
 錆びてゆく廃車の山のミラーたちいっせいに空映せ十月

 終バスにふたりは眠る紫の〈降りますランプ〉に取り囲まれて
 水銀灯ひとつひとつに一羽ずつ鳥が眠っている夜明け前
 惑星別重力一覧眺めつつ「このごろあなたのゆめばかりみる」
 このあろはしゃつきれいねとその昔ファーブルの瞳(め)で告げたるひとよ
 きがくるうまえにからだをつかってね かよっていたよあてねふらんせ
◆荻原裕幸
 しみじみとわれの孤独を照らしをり札幌麦酒(さっぽろビール)のこの一つ星
 ああいつた神経質な鳴り方はやれやれ恋人からの電話だ
 桃よりも梨の歯ざはり愛するを時代は桃にちかき歯ざはり
 恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず
◆俵 万智
 砂浜のランチついに手つかずの卵サンドが気になっている
 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら
 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

 愛された記憶はどこか透明でいつでも一人いつだって一人
 はなび花火そこに光を見る人と闇を見る人いて並びおり
 四国路の旅の終りの松山の夜の「梅錦」ひやでください
 蛇行する川には蛇行の理由あり急げばいいってもんじゃないよと
 シャンプーを選ぶ横顔見ておればさしこむように「好き」と思えり
◆紀野 恵
 そは晩夏新古今集の開かれてゐてさかしまに恋ひ初めにけり
 カフカ読みながらとほくへ行くやうな惚れあつてゐるやうな冬汽車
 夜の蟬何して夜を過ぐすらむさういふことを考へてゐる
 裏切つてしかも生くるが愉しみよあなたもきつとさうだとおもふ
 あなたとふ存在を愛で秋の陽の黄金(くがね)をも賞で陸(くが)澄み渡る
◆辰巳泰子
 いとしさもざんぶと捨てる冬の川数珠つながりの怒りも捨てる
 とりの内蔵(もつ)煮てゐてながき夕まぐれ淡き恋ゆゑ多く愉しむ
◆吉川宏志
 あさがおが朝を選んで咲くほどの出会いと思う肩並べつつ
 風を浴びきりきり舞いの曼珠沙華 抱きたさはときに逢いたさを越ゆ
 野沢菜の青みが飯に沁みるころ汽車の廊下はゆらゆらと坂
 いわし雲みな前を向きながれおり赤子を坂で抱き直すかな
◆梅内美華子
 階段を二段跳びして上がりゆく待ち合わせのなき北大路駅
 空をゆく鳥の上には何がある 横断歩道(ゼブラ・ゾーン)に立ち止まる夏
 大いなる空振りありてこれならばまだ好いていよう五月の男
 夏の風キリンの首を降りてきて誰からも遠くいたい昼なり
 抱きながら背骨を指に押すひとの赤蜻蛉(あかあきつ)かもしれないわれは


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