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『現代の歌人140』を読みました。〈1〉

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今日、小高賢編著『現代の歌人140』(09)が届きました。
本書の概要について、編著者による「はしがき」の一部を引用します。
 変動の激しいこの20数年、歌壇の第一線で活躍した歌人140人の自選30首を収録したのが本書である。1999年に刊行した『現代短歌の鑑賞101』(新書館)の姉妹編であり、同書に収録した歌人のそれ以降の作品と、スペースの都合で収録できなかった多くの歌人の作品を収めてある。
 明治、大正生まれの小暮政次、齋藤史、近藤芳美から、1972(昭和47)年生まれの斉藤斎藤、1975(昭和50)年生まれの永田紅まで、世代を超えた140人の計4200首は、現代の短歌がどのようなところに位置しているか、その作品が何を訴えているかをあざやかに示している。

以下、一読して気になった歌を引用します。全4200首を一気に読むのは困難なので、少しずつ更新し、全てを読み終えたら公開しようと思います。
【大正以前】
◆小暮政次
 海水着売場に群がる人を見つ華やかに生きてゆくといふことを思ふ
 歌集よみくれし一人が恋愛をせざりし人の歌と言ひしとぞ
 右手よりさしくる春の月ひくく幸福の前の吾のためらひ
 所詮わが仕事は枠の中にして良心といへど其の枠のなか
 極めて不愉快に思ひ当ることありて考へは又そこに停滞す

 さらさらと白髪撫でて考へは差当たり此の二三日の事

◆岡部桂一郎
 沈む日に見入りておればもの言わぬ牛 馬 羊かたわらに来る
 逝く春を森永ミルクチョコレート箱が落ちてる 泣いているのだ
 森の上だいだい色の月が出る もうおやすみという声がする
 森ぬらし二月の雨のふるときに幼な子泣くなみかん きんかん

◆加藤克巳
 関東平野の まっただなかにつっ立って 大青空の雲を見ている
 さてもさてもこの世浮き世の夕まぐれひとりこつこつ裏町をゆく
 なすべきをなしあるべきをあらしめ悠揚と明日俟(ま)つしばし驟雨はいたる

◆清水房雄
 戦中派などと呼ばれてながらへぬ勝てぬいくさを戦つて負けて
 聖者説き給ふ試煉こそよけれ如何にか観ぜむ試煉されつ放しの生涯
 葬式仏教の僧侶来りて経を読むあれが小生もつともきらひ
 もしもあの時といふ事それすらに六十何年か過去となりたる

◆森岡貞香
 待ちて居りしと人に言ひたるわがこゑをわれみづからも聞きてありたり
 へやに入りて雨粒つけてゐるままのぼうたんの花震(ふる)への止まる

◆宮 英子
 鯖雲をくれなゐに染め夕つ日はゆるやかに落つ東シナ海へ
 雪国に雪二夜三夜降りつげば今夜は帰るなと言はるるに似る
 雁木みちに行きあへるひと白烏賊のやはら生干し素手に提げたり
 アバウトに川沿ひ来れば鴨の居て羽(は)づくろふ見ゆわたしも休まう

◆田谷 鋭
 亡き人の桜の歌のあざやけきくれなゐ思ひ冬木みち行く

◆浜田蝶二郎
 わたしとは一体何かわたしとは世界へ投げられし一つの問ひぞ
 いちばん分かりにくいのは自分 いちばん重くて軽いのも自分
 かうするつもりだつたが結局かうなつた 長き一生(ひとよ)を要約すれば
 後(あと)より来てエスカレーターにかけあがる若さとはつね急ぐものらし
 自分とは百年足らず持続するある形 つねに〈いま〉でありつつ

◆武川忠一
 天(あめ)の花曼珠沙華咲く日ぐれ道峠越えきぬ若かりしかな
 戦ひの日も咲きてゐし曼珠沙華かの峠道ゆく日なからむ
 耳順(じじゅん)もう遙かの日なり聞くことに順(したが)ひをれど聞えぬ言葉
 もう一度歩いてみたし山の花五月小梨の白きその山
 喜怒哀楽かくさず現す性(さが)持てば八十八歳我執まだあり

◆安永蕗子
 堤防の草のほとりや隣国が見ゆる高さに咲く吾亦紅
 からす麦佇ちて路傍に実をむすぶ熟るるも孤り枯るるもひとり
 掌中にうすくれなゐを握りたる明けの目ざめに咲くさるすべり

◆竹山 広
 欲のごとく祈りのごとく来て去りしかずかぎりなきあしたとゆふべ
 ああこれが一生なのか輪ゴムにて狙ふ相手もいつよりかゐず

◆塚本邦雄
 サッカーの制吒迦(せいたか)童子火のにほひ矜羯羅(こんがら)童子雪のかをりよ

◆安立スハル
 いつもいつも善き人なればむらむらと厭ふ心湧けりああすべもなし
 努力さへしてをればよしといふものにもあらずパセリを刻みつつ思ふ
 黒豆を煮る一日は物書かず電話を聞かず人を怒らず
 往きに見て帰りにも見つ白梅の花の隙間の青空が好き
 さらにまた生きてゆくべしまだ知らぬ自分に会へるたのしみがある

 踏まれながら花咲かせたり大葉子もやることをやつてゐるではないか

◆北沢郁子
 黒釉の壺に釣り合ふ一輪の椿は風の山岨そだち
 石窟寺の蓮華手菩薩にあくがれて生き来ぬといはむ孤りごころに

◆岡野弘彦
 身ひとつを 頼み生くべき命ぞと 旅ゆくこころ ややに定まる
 ながらへて 八十(やそ)の命の花あかり。老い木の桜 風にさからふ
 雪ふれば 豆腐喰ひたくなるふしぎ。黒川能のまつり 近づく

◆山中智恵子
 わだつみの心の沖に幼年の知多の村ありてかねたたき鳴く
 狂はざる脳(なづき)のありて言葉あり 狂ふとぞわれは朱(あか)き烏瓜
 鳳凰の歎ききこえて寒時雨昏れなむとして暮れずありけり
 記憶こそ夢の傷口わが夏は合歓のくれなゐもて癒されむ
 千年の歌のちぎりの嬉(うるは)しくはた虚しきを誰か知らなむ

◆春日真木子
 妻なりし過去もつ肢体に新しき浴衣を存分に絡ませて歩む
 おとなしく闇にはなるな夜を繊くほそく破りてさくら散りつぐ
 〈己(おのれ)〉とふ象形文字のほぐれつつ蛇となりたりわれはいづくへ
 虹消えてふたたびひろき空のもとありありとわれのうしなひしもの
 朝の日に傾き伸ぶる若竹の皮を脱ぎたりためらひを脱ぐ

◆富小路禎子
 スクランブル交叉点の真中今ならばわが生(よ)何方(いづかた)へもゆけると思ふ
 酢のものに三粒散らせる柘榴の種腹に収めて意地の糧とす

【昭和/戦前】
◆上野久雄
 紺の背広オーダーなしてこの秋は待つことをこそたのしまんとす
 シクラメン選りいる妻をデパートに見て年の瀬の街にまぎるる
 この庭は大雨、甲斐駒岳(かいこまだけ)は雪、われはぐっすり眠りし昨夜
 二つずつ幾種(いくいろ)のパン購いて乗りこみきたり桜(はな)に行こうか
 燃えさかる炎(ひ)を掴むためみずからを火となす齢(よわい)すぎたりしかな

◆尾崎左永子
 うそ鳥は桜のつぼみ喰むといふわれは菜の花の色若き喰む
 あぶら菜に似る黄の花を踏みしだきわれは天空の下の一点
 生日に負ひたる性(さが)のありてわれは火性(ひしやう)水性(みづしやう)水晶の性(しやう)
 葛切の舌ざはり鍵善に如(し)くはなし夕べ雨ふる四条橋わたる
 独りよりふたりはよしと春玉葱のスープ盛りつつ言にはいはず

 隠しごと持たざればむしろ薄弱の身なり街上のこの晩夏光
 めつむればまたあふれくる夕光のさくらさながら光の浄土

◆馬場あき子
 愛された記憶より愛したる記憶多しさびしくもあるか冬に入る日よ
 靡くもの女は愛すうたかたの思ひのはてにひれ振りしより
 雀の頭に埋まる聴覚ひつそりと椿の枝にゐて雨を聴く

◆橋本喜典
 否 否といくたびわれは呟きて流れに乗らず歩みきにけり
 吊橋を渡り了りて見返るはなお揺れやまぬこころ視むため
 弟のかんばせ蔽ふ白布(しろぬの)を落葉の匂ふ風が通れり
 また来よと鶯鳴けり辛夷咲く湖北の寺に鎖(さ)されゐし錠
 まさやかに冬はきたりぬ春めくと空をみる日のまためぐり来む

◆高瀬一誌
 ガンと言えば人は黙りぬだまらせるために言いしにあらず
 飯をくう顔がさみしい男でも笑う位はたのしく出来る
 頑丈なつくりであっても一つ二つはもろきところは椅子にもありぬ

◆蒔田さくら子
 束ねゐる髪の根ふつと緩びたり古鏡(こきやう)のやうな月せり上がり
 生死(しやうじ)のことたやすく言ふな確実に畢はり近づくひぐらしのこゑ
 二人よりは一人見る海一人より亡きものと見る海こそよけれ
 江戸川区鹿骨(ししぼね)よりぞ運ばれて藍すずしかる市(いち)の朝顔
 赤き花一樹を回(めぐ)り火だるまの椿となりてしんと立ちをり

 瀬戸内のひとの裔(すゑ)なりしづかなる海の没陽をふところに抱く
 川水に触れつつ葦の聞くならむ流るる音は時の去る音
 罅入りし鶴首水瓶(つるくびすいびやう)むらむらと割りたくなりて細首つかむ
 時しばし借らば心のしづまらむしづまりてのち怒りは立てむ
 カンナ赤しほとほと赤しとなげかふも夢のこの世のひとときの赤

 いかなれば左目のみに湧く涙おそらく右目は死を忿(いか)りゐむ
 雛芥子の直立支ふる茎細く細きながらに風をあしらふ

◆川口美根子
 朝の階のぼるとっさに抱かれき桃の缶詰かかえたるまま
 子が欲しと言わぬも常となる宵に罐切りが波うてる切り口
 くらがりに触れたる八重のくちなしの応えて不意に肉厚き花
 同じ方(かた)見て生きゆくを愛というべしこの静かさはさびしけれども
 白水仙に降る春の雪人は字を知りしはじめに憂い識(し)り初む

◆雨宮雅子
 一瞬の夏は永久(とは)なる夏ならむ野の駅のうへ雲のきらめく
 うつそみの人なるわれや夫の骨還さむとさがみの海に出で来つ
 わたつみに花束の彩巴(ともゑ)なし散骨の船は孤を描きたり
 この年にわが見しものをなだむるか石蕗(つは)の花淡きひかりをまとふ
 この世よりはぐるるわれかひつそりと夜の車窓に顔映されて

◆山埜井喜美枝
 少女期の輪郭失せし顔ひとつこうこうと濃く紅をひきゆく
 簡潔に愛の言葉は告ぐるべし朱の帯固く締めて出でゆく
 咲く花は五分こそよけれ身のうちに残れる五分の力ににほふ
 うべなうべな男のごとくかろがろと口割るまいぞ 熟るる郁子の実
  

◆水野昌雄
 輝ける冬の星座よ愛すべきリアリズムとは夢を糧とす
 リストラというよりかつての日本語は端的率直馘首と記す

◆石田比呂志
 諦観という語しきりに浮かぶ日は無性に過去が美しく見ゆ
 小生は清く正しく美しく生きて来たとは言うていません
 電柱に両手ひろげて抱きついて泣きたいような月夜の道だ
 儂じゃとてさほどの美乳(ちち)なら拝みたい七十三歳そりゃあ春じゃもの
 まっ白いご飯に卵ぶっかけてまぶせばことり心が点る

 友がみな我より偉く見えぬ日に花を買い来て見する妻無し
 人、花に咲けとし言えば花、人にお前こそ咲いて見せろと言えり

◆稲葉京子
 シューベルトを聞きをりだれとてもだれとても未完のままに死にてゆくらむ
 決断はかかるかたちになせよとぞ轟きわたる春のいかづち
 長き長き手紙を書かむと思ひしにありがたうと書けば言ひ尽くしたり
 耐えかねて鳴り出づる琴があるといふあああれは去年(こぞ)の秋のわたくし

◆宮原望子
 五月六日今日より空を泳ぎくる鯨を待てと波立つ若葉
 南国の樹の花の色それよりも樹の下影の濃さを見に来よ
 さびしいと言へざる者は夕焼けの下に呟く おなかがすいた

◆志垣澄幸
 ひたはしる一生にはあらず炎なす寒の椿のけさの花色
 けふわれはかなしき遊子はるかきて天平仏の指に触れたり

◆杜澤光一郎
 苛々(いらいら)と人をののしる父の性(さが)憎々しき性をわれもまた持つ

◆青木昭子
 青萱のいきれに蒸れる野の小道〈悲観は感情、楽観は意志〉
 口開く木通(あけび)と口を割らぬ野木瓜(むべ)をみなにありぬ姉と妹
 手に提げるサンマに秋が従いてくる六十代は夢の間だつたよ
  

◆佐佐木幸綱
 ウイスキーは割らずに呷(あお)れ人は抱け月光は八月の裸身のために
 去りゆくは季節、朝雲、夢、女、雄ごころは死まで旅のこころよ

◆辺見じゅん
 文殊さまにうつくしき智恵借りたきやひもじき心連れて歩めば
 胸あかき毘廬遮那佛(びるしやなぶつ)の恋しかりはらからとほく病みて生きるも

◆大河原惇行
 喜びをいま咲く花にわれは見る高きに黄なるらふばいの花

◆玉井清弘
 黒月の光あつむる椿の葉天降(あも)りくるものひっそりと待つ
 よっ引いてひょうど放てる誰の矢か椿は赤き花ふるいたり
 常楽会過ぎたる四国連翹の黄色点々と大師への道

◆藤井常世
 雪折れの木は立ちつくし風折れの心をさらしわが立ちつくす
 冬晴れのこころ研ぐべし歌びとは群れざるべし野の大欅
 ひとすぢの風あればわれとともにそよぐ母が遺しし帯の秋草
 夜の空の星が騒いでゐるこよひラピスラズリを投げあげしゆゑ

◆田村広志(千葉県銚子市生れ)
 沖縄は初夏の強さの陽のひかり平和の礎の田村要祐
 陽の匂うトマトを食めばじんわりと初夏のトマトのなかの亡き母

◆高野公彦
 「丼」といふ字を夜更けて見てゐしが楽しくなりて酒取りに立つ
 わだつみをほういと飛んでまた一つほういと飛魚(あご)の飛ぶよ天草

◆成瀬 有
 日本といふ抽象を問ひ疲れほつねんとゐる春のあけぼの
 思ひみる人のはるけさおもかげはしづけき秋のひかりをまとふ

◆黒木三千代
 日本語の源として「あ」と漏るる声はありけむ逅つてしまへり
 睡るのは逃避すること別々に生きて死ぬ日が別々に来る
 酔ひといふはつまづくやうに来るらしい石蕗のはな闇ふかくする
 価値のない一生(ひとよ)だつたと死ぬときに思ふとももういい桃が咲くなら

◆福島泰樹
 吹き荒れる螺旋の風よ階段よ真っ直ぐ生きてゆかんと思う

◆前川佐重郎
 中空(なかぞら)に黒蝶ふたつとどまりてわれにも盛夏きたりとおもふ

◆伊藤一彦
 ふゆぞらの消紫(けしむらさき)も消えにけり消人間としてわれ立つか
 朝の日に照る吾亦紅さいはひはどこよりも来ずどこにも行かず

◆草田照子
 病院の待ち合ひ室は人生の駅のひとつか人あふれたり
 八重桜ちりてもちりてもまだちりて大丈夫だよといふこゑがする

◆小高 賢
 「まもなく」のアナウンスあり「まもなく」は電車にあらず背向(そがい)より来る
 多分おそらく老いのはてには完熟の恋のあるらん降りないぞまだ
 「男とはおおいなる虚(ほら)」「人生はかなしみの舟」なんていいつつ
 励ましてすすめる手術黙し聞く子よりも励まされたきはわれ

◆大島史洋
 表現に類型はあり人生に類型はなし と言えるかどうか
 既視感(デジヤビユ)とはおのれ古りたるあかしとぞ泰山木が教えてくれぬ

◆古谷智子
 離れ住む君ある方の夕あかね見しよりさびしくれなゐはみな
 交差点に塞き止められし人の群むれの中にて群を見てをり


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