昨夜、『久々湊盈子(くくみなとえいこ)歌集』(99)を読み終えました。『現代の歌人140』(09)に収録された、彼女の「もみしだかれて狂うほかなし三月の疾風にしなう白き木の花」という歌を読み、この方はただ者じゃないと思い、古書店でこの歌集を購入しました。思った通り、ただ者ではありませんでした。
以下、一読して気になった歌を引用します。なお、この歌集は次のような内容になっています。
◆第二歌集「黒鍵」(全篇)
◆第一歌集「熱く神話を」(抄)
◆第三歌集「家族」(抄)
◆第四歌集「射干」(抄)
◆歌論
・ひかがみの肉――森岡貞香論
・無私の明るさ――山本かね子論
・わが歌のリズム
◆エッセイ
・父と釣りの話
・茂吉の長崎
・二月の鷹・三橋鷹女
・江戸川の堤で
・風
・食膳には旬の食材
・はじめて読んだ歌集『未青年』
◆解説
・ハンサム・ウーマンの歌 栗木京子
・過剰な果実 小島ゆかり
・風の一族 樋口 覚
以下、一読して気になった歌を引用します。なお、この歌集は次のような内容になっています。
◆第二歌集「黒鍵」(全篇)
◆第一歌集「熱く神話を」(抄)
◆第三歌集「家族」(抄)
◆第四歌集「射干」(抄)
◆歌論
・ひかがみの肉――森岡貞香論
・無私の明るさ――山本かね子論
・わが歌のリズム
◆エッセイ
・父と釣りの話
・茂吉の長崎
・二月の鷹・三橋鷹女
・江戸川の堤で
・風
・食膳には旬の食材
・はじめて読んだ歌集『未青年』
◆解説
・ハンサム・ウーマンの歌 栗木京子
・過剰な果実 小島ゆかり
・風の一族 樋口 覚
◆第二歌集「黒鍵」(全篇)より
日常へ帰りゆくべく日ぐるまの巨き頭(こうべ)を見つつ曲れり
野を分けて過ぎゆく風よ追いすがり溺るるほどに恋いてはおらぬ
自恣つよきわれのひと生(よ)に俘虜となす男ひとりを先立て歩む
磯にあそぶ二人子と君われの生(よ)に得たりしものはきらめきて見ゆ
陽に透けてゆらぐ藻があり伊豆戸田(へた)のつめたき磯にひと日をあそぶ
世すぎ拙なき男に添いきし日月を思いつつ午後に毛布ふみあらう
獅子瓦売る店もあり倉敷の家並くまなく秋の日に照る
てっぺんまで枯れてしまいし赤松が立たされている森の憂鬱
反照のごとありしかな青年に恋われていたるかの日のわれは
こころざし勁くあるべし秋天を群はぐれたる雁がよぎりぬ
君の名のわが名となりて長ければ鶏血石の院を誂う
ひめやかな心おどりに取りいだし冬に入る日の壁におくドガ
死ぬることまだ美しき理わりと思いいし日の白きさざんか
地に落ちて冷えしずもれる侘助の厚き花弁は手触れずにおく
黒胡椒(ブラツクペツパー) 象嵌 琺瑯 水仙(ナルキツソス) わがきさらぎの好ましきかな
れもん一顆ころがし遊ぶいま立ちて為すべきことを胸にはかりつ
万緑の眩(くる)める中にて言いし嘘わかれて長くわれを縛する
走りいでて追えど届かぬと知りてよりはや幾春を過ぎてしまいし
素足にて踏みたる畳の冷たさを言いつつ腕に抱きとられし
強いられて告ぐるにあらね春の野は小さな嘘も美しくする
やぶ椿の一枝乞いきてきさらぎのわが生まれ日の卓を飾りぬ
死後のわれ剖(ひら)かれたれば身に凝る脂肪のごとき我執あるべし
寒ゆるぶ雨なり茶房のうちらよりみどりの魚となりて見ている
春はやき芹ゆでている指さきの青きにおいもともに愛せよ
抱きあうこのまぢかさにありながら見知らぬかたへ戦(そよ)ぎだす胸
背後から抱きしめらるる昼ふけのおだまき草の細き花茎
心がわりも戯れごとのように言い君を去る日のあるいは明日
角を曲れば凌霄花(のうぜんかずら)の溢れいし記憶にあえるはずの空白
夜半わたる遠雷に覚めていておとめのごとく恋われているよ
ありったけのグラスを磨く水無月をやりすごすすべ他には知らず
逢いたしと不意にもいぬ栗の木の花のにおいはいくばく淫ら
夏帽子ひとつが欲しと町に来て今年はじめのつばくろに会う
身を鎧うにただ一枚の膚(はだえ)にてわずかに魂をとどめおくなり
告解のすべなきわが手に咲きあまる五月のバラは深きくれない
するすると森の背後にうかびでて月は不徳の顔をとりつつ
古代の人もふれし土かと屈むれば雨をふくみて土はにおえり
バーボンの匂いしていし口づけの記憶はかえる葉桜の下
境涯を嘆くにあらず花蓼を抜きて一人の歩みをかえす
夕さりにわれは呼ばれて立ちあがる秋の彼岸の無聊のはたて
零れやすきこころふさぐと唇を寄せくる人のわれにまだある
荒天にかぎりなくとぶ雲みえて闌(た)けりの春はいらだちやまず
貝の身のあかきにレモン搾りつつ春磯へこころ寄せゆくしばし
ひとりにて海への電車に揺られゆく君に抗うゆえもなけれど
偽りをたやすく言いて帰りくる風ある午後のこの身がるさは
山容の片かげるなか著莪さきて母逝かしめし記憶あたらし
遠き家の犬また鳴きだして眠られぬ春はこころもひりひり傷む
【自撰歌集】
◆第一歌集「熱く神話を」(抄)より
血のいろにマニキュアひかる爪ながき未婚の冬は鋭(と)いまなこ持つ
酒に灼く胸持つ君を知りてより母に告げ得ぬ暗き恋する
太陽があかるすぎるのかもしれず口づけのときひらめく殺意
桃ひらく春日のなかに君といて別離のための愛を誓えり
抱かれて傷つけられしくちびるよ物食むごとに君をおもえり
やさしみて花の季(き)を過ぐしっとりと濡れてつやめく髪梳きながら
君よりはかなしみ多きおきふしに雨季すぎてかおるくちなしの花
まわしゆくパラソルひとつの午後なりき葬列すぎてはげしき怠惰
そらんじるあなたのことばふりあおぐ天空よりきてわれを縛する
与えらるる愛待つごとくくれないのさるすべり豊かに咲きつぐ晩夏
海の中しおからいキス 立ちあがり君はたちまち気化しゆきたり
春たけてやわやわと我をつつみくる日常という怠惰なけもの
やすやすと唇(くち)吸われいて目の中をさくら散るなりおのれ散るなり
明日こそ発たんかわが日常の草むらに捨てられし斧赤錆びたれば
この深き絶望をみよひまわりは高く枯れたる夢のなきがら
手花火の果てし闇なり三十を過ぎてしまいし女の晩夏
スバル座の過ぎゆく真下ひとつぶの個体となりてかじかみている
曇天の菜のはなよりも色褪せて人を追いたる若き日もあり
れんぎょうの黄のしたたりが眼裏にありて午睡のみだらなる夢
いまだわが手に縋りくる子らといて不遜な母は満たされがたき
性愛はさびしき行為いっさんにいのちの森を駆けぬくごとき
まなじりも裂けよと見つめたるのちに訣れきにしか 蟬なきしきる
もみしだかれて狂うほかなし三月の疾風(はやて)にしなう白き木の花
さんさんと光りはあふれひまわりの孤立無援といういさぎよさ
生涯をかけて忘れ果てんとす陽を追う花の無数の失意
咲きあふれ天になみうつさくらばな満ちたることはかくもさびしき
◆第三歌集「家族」(抄)より
今日われは鬱の日なればみなぎれる冬大根を下げて歩めり
フェミニズムの正しさゆえの空しさが手を汚さないやつにわかるか
ど阿呆に見えているやも尿(しと)臭きちちの布団を陽に干すわれは
音のせぬ鎖をひきてきしわれがバラの絵柄のスカーフを買う
駅頭に出会いてマフラー巻きやればいたく素直にほそき娘(こ)の頸
寒がりのわたくしのため肩を抱きだまってしばらく歩いてください
捨てどころなければ負いてゆかんとす意地にて得たるひとつ結論
海鳴りを聴きに行こうかそのあとで泣くほどやわな女じゃないから
思い断つは苦しけれどもこの坂をひとつ越ゆるは苦しけれども
病む姑を置きざり出ずる病棟にオレンジ色の常夜灯みゆ
きみをいまも閉じ込めている頑なな自由思想というまぼろしが
賜りし聖護院大根に刃をいれてなにやら可笑しき円みを割りぬ
寒卵のちからある黄身盛りあがりたあいなきことに足らえりいまは
感情線のかく乱るるは淫蕩のゆえにして冬をきみと隠(こも)れる
新聞の棋譜切り抜きて老人が寝にゆけば「嫁」のひと日が終わる
なかなかに復路は険し頂(いただ)きをきわめしのちの女男(めお)のゆくたて
寿福寺の草ほととぎす雨に濡れ虚子が墓石も雑草(あらくさ)のなか
憂きことのひとつふたつはありながらさしあたり小さき傘に寄り合う
伊勢えびの生きたるままに届きしを殺す相談遠巻きにする
その死まで共に住むべき老人が朝からテレビをがんがん鳴らす
遠き雷にこころせかれつついましばし腫れしははの足をさすりぬ
ただならぬわが日常に咲きいでて去年とかわらぬ草ほととぎす
われのもつ束縛さえも嫉ましと非婚の友が酔いて言いだす
とるにたらぬ女の嘆きと侮りて出でゆく夫をしみじみ憎む
五日ほど留守預けたる娘が立ち居おとなだちいてひそかに驚く
結婚は長丁場ゆえいたずらに愛の有無など問うたりはせぬ
恋猫の語りとだえてこんなにもふかい静かな夜でありしよ
◆第四歌集「射干」(抄)より
おおよそは見え渡りたる人生のいま越ゆるべき堰の苦しさ
ねじ伏せておきし悔しさ嚙みしめし歯のすきまより酔えばこぼるる
女にも賞味期限がありまして五十を前にすこし複雑
辛口の酒に添えたる氷頭(ひず)なます寒夜なれども気分上々
頭骨にひびくうれしさ氷頭なますあわびかずのこ子持ちの昆布
感情線乱れておればつくづくと素直ならざる酉年生まれ
京湯葉の舌ざわりよし水無月の木屋町に来て酒くむうれし
千年の思惟はいかにか頬に手をあてたる半跏の弥勒の愁い
よき顔の帝釈天を見もあかず東寺に梅雨の雨過ぐるまで
栴檀のむらさき揺れて昨日より今日なおさびし半跏の弥勒
曇天に供花(くげ)ひとつかね下げてゆく肥前長崎寺町通り
植木職の庭に紛れて咲きしかば侘助真盛りなれども独り
ありていに言えば中年踏み迷う余地もなけれど春泥の路地
遠い未来に必ず訣れがあることを疑わずされど日々に思わず
夕凪の海を見ている来年の今日を約せぬ女男(めお)であれども
女の骨は鬆(す)が入りやすく心には魔が入りやすく五十となりぬ
射干(しやが)は鷹女の花ぞと言いてふりむけばふいに間近く君の胸ある
かくも長き時間を肩に積もらせて救世(くぜ)観音は猫背におわす
やわらかな空気を貯めているような春のキャベツをざくざく刻む
嫁(とつ)がするさみしさも知らず若く死にし母と思えばなおまたさみし
久々湊盈子(くくみなとえいこ)
昭和20年(1945)2月10日上海に生れる。小学校6年までを広島県三原市に、以後は22歳まで名古屋市近郊に住む。十代より短歌に親しみ、昭和37年(1962)「心の花」に入会。昭和38年(1963)11月名古屋、翌39年(1964)東京で開かれた現代短歌シンポジウムに参加、大いに刺激を受ける。しかし、両親が1年の間に相次いで急逝するなど生活環境の変化により作歌を中断。勤めていた船会社を辞めて上京する。
結婚して埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)に住んでいた昭和51年(1976)頃、やはり自己表現の思いやみがたく約10年のブランクを経て「個性」に入会。加藤克巳に師事、現在にいたる。また平成4年(1992)6月には流山、川口、松戸の歌会の仲間と歌誌「合歓」を創刊。年2回の発行ながら順調に継続中。
歌集に『熱く神話を』(82)、『黒鍵』(86)、『家族』(90)、『射干』(96)、『あらばしり』(00)、『紅雨』(04)、『鬼龍子』(07)、『風羅集』(12)がある。(『久々湊盈子歌集』裏表紙より、一部改編)
昭和20年(1945)2月10日上海に生れる。小学校6年までを広島県三原市に、以後は22歳まで名古屋市近郊に住む。十代より短歌に親しみ、昭和37年(1962)「心の花」に入会。昭和38年(1963)11月名古屋、翌39年(1964)東京で開かれた現代短歌シンポジウムに参加、大いに刺激を受ける。しかし、両親が1年の間に相次いで急逝するなど生活環境の変化により作歌を中断。勤めていた船会社を辞めて上京する。
結婚して埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)に住んでいた昭和51年(1976)頃、やはり自己表現の思いやみがたく約10年のブランクを経て「個性」に入会。加藤克巳に師事、現在にいたる。また平成4年(1992)6月には流山、川口、松戸の歌会の仲間と歌誌「合歓」を創刊。年2回の発行ながら順調に継続中。
歌集に『熱く神話を』(82)、『黒鍵』(86)、『家族』(90)、『射干』(96)、『あらばしり』(00)、『紅雨』(04)、『鬼龍子』(07)、『風羅集』(12)がある。(『久々湊盈子歌集』裏表紙より、一部改編)