今日、熊谷達也の連作短編集『希望の海 仙河海叙景』(16、以下『希望の海』と略す)を読み終えました。
これまでに読んだ熊谷達也の〈仙河海もの〉を、時系列で並べると以下のようになります。
・『リアスの子』(13)
・『微睡みの海』(14)
・『希望の海』(16)
これまでに読んだ熊谷達也の〈仙河海もの〉を、時系列で並べると以下のようになります。
・『リアスの子』(13)
・『微睡みの海』(14)
・『希望の海』(16)
『希望の海』は全9編で構成され、7編目まではそれぞれの3月10日(東日本大震災の前日)が描かれます。早坂希をはじめ、『リアスの子』や『微睡みの海』に登場した仙河海市の人々が描かれます。そして、彼等はそれぞれに悩みを持ちながらも、今日と変わらない明日が来ることを信じて生きていました。
サブタイトルに「仙河海叙景」とあるように、各短編には仙河海市のさまざまな風景が描かれています。震災後が描かれた最後の2編になると、その市内の風景が一変します。
サブタイトルに「仙河海叙景」とあるように、各短編には仙河海市のさまざまな風景が描かれています。震災後が描かれた最後の2編になると、その市内の風景が一変します。
この作品について、帯に書かれた解説を引用します。
東北の港町に生きる人々の姿を通して描く、再生の物語全9編。
3年前の秋、早坂希は勤めていた東京の会社を辞めて仙河海市に戻ってきた。病弱な母親の代わりに、スナック「リオ」を切り盛りしている。過去に陸上選手として活躍していた希は、走ることで日々の鬱憤や悩みを解消していたが、ある日大きな震災が起きて、いつも見る街並みが180度変わってしまう。(「リアスのランナー」「希望のランナー」)。
高校生の翔平は、津波により両親と家を奪われ、妹の瑞希とともに仮設住宅で暮らしていた。震災の影響で心が荒む翔平だったが、瑞希の提案で「ラッツォク」を焚くことになり、あの日以降止まっていた“時”と向き合う。(「ラッツォクの灯」)。
3年前の秋、早坂希は勤めていた東京の会社を辞めて仙河海市に戻ってきた。病弱な母親の代わりに、スナック「リオ」を切り盛りしている。過去に陸上選手として活躍していた希は、走ることで日々の鬱憤や悩みを解消していたが、ある日大きな震災が起きて、いつも見る街並みが180度変わってしまう。(「リアスのランナー」「希望のランナー」)。
高校生の翔平は、津波により両親と家を奪われ、妹の瑞希とともに仮設住宅で暮らしていた。震災の影響で心が荒む翔平だったが、瑞希の提案で「ラッツォク」を焚くことになり、あの日以降止まっていた“時”と向き合う。(「ラッツォクの灯」)。
【収録作品】
◆リアスのランナー
主人公は早坂希(のぞみ・35)。『リアスの子』で中学3年生だった彼女のその後と、現在が描かれます。
彼女が仙河海市の人々について述懐する場面がありますが、著者がかつて住んだ気仙沼市(仙河海市のモデル)への想いを語っているように思います。
◆リアスのランナー
主人公は早坂希(のぞみ・35)。『リアスの子』で中学3年生だった彼女のその後と、現在が描かれます。
彼女が仙河海市の人々について述懐する場面がありますが、著者がかつて住んだ気仙沼市(仙河海市のモデル)への想いを語っているように思います。
なんか、この街の人間って変わっている。いまだにそう思う。すごい田舎者のくせに妙に自信たっぷりで厚かましく、そのくせあっけらかんとしていて、そうかと思えば鬱陶しいくらい情が深くて、ちょっとお洒落で気取り屋で、そしてみんな、自分の街が大好きで、愛している。
変な人たち、といまだに思うものの、その変な人たちが、いつの間にか、けっこう好きになっている。この先の自分の人生がどうなっていくのか考えると、さすがに不安になる。けれど、この街の居心地がよくなっている、というのは嘘じゃない。(P 19)
変な人たち、といまだに思うものの、その変な人たちが、いつの間にか、けっこう好きになっている。この先の自分の人生がどうなっていくのか考えると、さすがに不安になる。けれど、この街の居心地がよくなっている、というのは嘘じゃない。(P 19)
◆冷蔵家族
『微睡みの海』の主人公・昆野笑子と同じアパートに住む小野悟志(29)が主人公。悟志は事あるごとに妻から暴力を受けています。今回は会社からリストラ対象になったことを妻に言いそびれたために凄まじい暴力を受けます。悟志は自分が悪いから暴力を受けるんだと落ち込みます。その後、妻から謝罪され、セックスをして仲直り。典型的なDV夫婦です。
『微睡みの海』の主人公・昆野笑子と同じアパートに住む小野悟志(29)が主人公。悟志は事あるごとに妻から暴力を受けています。今回は会社からリストラ対象になったことを妻に言いそびれたために凄まじい暴力を受けます。悟志は自分が悪いから暴力を受けるんだと落ち込みます。その後、妻から謝罪され、セックスをして仲直り。典型的なDV夫婦です。
◆壊れる羅針盤
『微睡みの海』に登場した菅原貴之の息子・優人(ゆうと・17)が主人公。優人と妹・幸子は両親から離婚することを告げられ、今後どちらと暮らすか決めるように言われます。両親の不仲は薄々感じていましたが、急にそんなことを言われても決められるわけがありません。優人と幸子の両親への反発、そして苦悩が描かれています。やがて失われてしまうと思うからでしょうか、仙河海魚市場のイサダの水揚げ風景がとても印象に残りました。
この作品中に水産会社社長の遼司が登場します。早坂希の店「リオ」の常連客で、彼女の元カレです。優人は中学時代から遼司と知り合いで、この二人のエピソードが物語に広がりを与えるし、遼司の人物像もより深まります。
『微睡みの海』に登場した菅原貴之の息子・優人(ゆうと・17)が主人公。優人と妹・幸子は両親から離婚することを告げられ、今後どちらと暮らすか決めるように言われます。両親の不仲は薄々感じていましたが、急にそんなことを言われても決められるわけがありません。優人と幸子の両親への反発、そして苦悩が描かれています。やがて失われてしまうと思うからでしょうか、仙河海魚市場のイサダの水揚げ風景がとても印象に残りました。
この作品中に水産会社社長の遼司が登場します。早坂希の店「リオ」の常連客で、彼女の元カレです。優人は中学時代から遼司と知り合いで、この二人のエピソードが物語に広がりを与えるし、遼司の人物像もより深まります。
◆パブリックな憂鬱
『リアスの子』で早坂希の同級生、そして陸上部長距離班長だった佐藤真哉(35)が主人公。真哉は仙河海市役所職員で、前日(3/9)の地震への対策や住民の苦情への対応など、多忙な日々を送っています。彼は日曜日に見合いをすることになっていますが、その前にケリをつけたいことがあり、残業の後、早坂希の店「リオ」に行きます。
「リアスのランナー」の「リオ」の場面は希の視点で描かれていますが、この作品では同じ場面が真哉の視点で描かれています。そのギャップがおもしろいけど、真哉の気持ちが切なく感じます。
『リアスの子』で早坂希の同級生、そして陸上部長距離班長だった佐藤真哉(35)が主人公。真哉は仙河海市役所職員で、前日(3/9)の地震への対策や住民の苦情への対応など、多忙な日々を送っています。彼は日曜日に見合いをすることになっていますが、その前にケリをつけたいことがあり、残業の後、早坂希の店「リオ」に行きます。
「リアスのランナー」の「リオ」の場面は希の視点で描かれていますが、この作品では同じ場面が真哉の視点で描かれています。そのギャップがおもしろいけど、真哉の気持ちが切なく感じます。
◆永久(とわ)なる湊
菊田清子(せいこ・80/81)の夫は認知症を患い、徘徊癖があるため、今はグループホームに入っています。3月11日、グループホームから電話があり、清子は夫がまたホームからいなくなったことを知ります。夫はかつて二人が暮らした海沿いの崖の上にいました。そこは夫が生まれ育った場所でもあり、夫はそこでカツオの一本釣り船で漁へ出たまま帰らなかった父と兄を待っていたのでした。
菊田清子(せいこ・80/81)の夫は認知症を患い、徘徊癖があるため、今はグループホームに入っています。3月11日、グループホームから電話があり、清子は夫がまたホームからいなくなったことを知ります。夫はかつて二人が暮らした海沿いの崖の上にいました。そこは夫が生まれ育った場所でもあり、夫はそこでカツオの一本釣り船で漁へ出たまま帰らなかった父と兄を待っていたのでした。
◆リベンジ
『微睡みの海』に登場した中古車販売店「ヨシキモータース」の社長・村上美樹の息子・昂樹(たかき・10)が主人公。昂樹は同級生の瑛士らから暴力によるイジメを受けています。しかし、彼は教師にも親にも言えず、苦悩の日々を送っています。3月10日、彼は瑛士ら3人から暴力を受ける場面を、同じクラスの女子・瑞希と葉月に見られます。彼はイジメを否定しましたが、葉月の「明日、クラスのみんなの前で、これ以上嫌がらせをするのはもうやめろって、面と向かって言ってやろう。それだけで立派なリベンジになるよ」という言葉に、明日のリベンジを決意します。
昂樹が暴力を受けるシーンは読むのが苦痛でした。
『微睡みの海』に登場した中古車販売店「ヨシキモータース」の社長・村上美樹の息子・昂樹(たかき・10)が主人公。昂樹は同級生の瑛士らから暴力によるイジメを受けています。しかし、彼は教師にも親にも言えず、苦悩の日々を送っています。3月10日、彼は瑛士ら3人から暴力を受ける場面を、同じクラスの女子・瑞希と葉月に見られます。彼はイジメを否定しましたが、葉月の「明日、クラスのみんなの前で、これ以上嫌がらせをするのはもうやめろって、面と向かって言ってやろう。それだけで立派なリベンジになるよ」という言葉に、明日のリベンジを決意します。
昂樹が暴力を受けるシーンは読むのが苦痛でした。
◆卒業前夜
『微睡みの海』に登場した菅原貴之の友人・村岡倫敏(みちとし・50)が主人公。倫敏は仙河海中学校の3学年主任で、卒業式を明後日(3/12)に控えています。彼は貴之の娘・幸子の担任から、幸子が進学先について悩んでいるとの報告を受けます。担任が別の生徒を家庭訪問するため、彼はかつての同僚で友人だった貴之を勤務先の「三陸アース美術館」に訪ねます。
倫敏は美術館の駐車場でかつての教え子・昆野笑子と再会します。その後、倫敏は貴之から離婚のことを告げられ、幸子が動揺している理由を理解します。そして、貴之の浮気と、浮気相手が笑子だと確信します。
「壊れる羅針盤」が子供側の視点から、こちらは大人側の視点から家庭の崩壊について描かれているように思います。
『微睡みの海』に登場した菅原貴之の友人・村岡倫敏(みちとし・50)が主人公。倫敏は仙河海中学校の3学年主任で、卒業式を明後日(3/12)に控えています。彼は貴之の娘・幸子の担任から、幸子が進学先について悩んでいるとの報告を受けます。担任が別の生徒を家庭訪問するため、彼はかつての同僚で友人だった貴之を勤務先の「三陸アース美術館」に訪ねます。
倫敏は美術館の駐車場でかつての教え子・昆野笑子と再会します。その後、倫敏は貴之から離婚のことを告げられ、幸子が動揺している理由を理解します。そして、貴之の浮気と、浮気相手が笑子だと確信します。
「壊れる羅針盤」が子供側の視点から、こちらは大人側の視点から家庭の崩壊について描かれているように思います。
◆ラッツォクの灯(ひ)
東日本大震災の翌年、2012年8月。仙河海高校2年の翔平(16/17)は、両親を震災で亡くし、小学6年生の妹・瑞希(「リベンジ」に登場)と仮設住宅で暮らしています。夏休み、彼は瓦礫処理工場に出入りする車両の交通整理のアルバイトをしています。中学3年から付き合っている菅原幸子とは境遇の違いから喧嘩別れしたままです。(幸子の両親は離婚せず、幸子も仙河海高校に進学していました。)
翔平は瑞希から「今年はうちでもラッツォク焚こうよ」と言われます。「ラッツォク」とはお盆の時の迎え火と送り火に焚くオガラ(麻の皮を剥いだ茎)のことです。
ラストシーン。二人は自宅跡地で送り火のラッツォクを焚いていました。やがて、瑞希は「じゃあね、お兄ちゃん。また来年、お父さんやお母さんと一緒に戻ってくるね」と言って胸の前で手を振るのでした。瑞希は震災で亡くなっていたのです。翔太はやっとそのことを受け入れられたようです。
東日本大震災の翌年、2012年8月。仙河海高校2年の翔平(16/17)は、両親を震災で亡くし、小学6年生の妹・瑞希(「リベンジ」に登場)と仮設住宅で暮らしています。夏休み、彼は瓦礫処理工場に出入りする車両の交通整理のアルバイトをしています。中学3年から付き合っている菅原幸子とは境遇の違いから喧嘩別れしたままです。(幸子の両親は離婚せず、幸子も仙河海高校に進学していました。)
翔平は瑞希から「今年はうちでもラッツォク焚こうよ」と言われます。「ラッツォク」とはお盆の時の迎え火と送り火に焚くオガラ(麻の皮を剥いだ茎)のことです。
ラストシーン。二人は自宅跡地で送り火のラッツォクを焚いていました。やがて、瑞希は「じゃあね、お兄ちゃん。また来年、お父さんやお母さんと一緒に戻ってくるね」と言って胸の前で手を振るのでした。瑞希は震災で亡くなっていたのです。翔太はやっとそのことを受け入れられたようです。
◆希望のランナー
明日で震災から半年という2011年9月10日。震災で母を亡くした早坂希は仮設住宅で暮らしています。この作品で『希望の海 仙河海叙景』の登場人物たちの震災後の消息が明かされます。
彼女の仮設住宅にはランニングウエアやランニングシューズ等、ランニングのための用品が一式揃えてあります。仮設住宅に引き籠りがちな彼女のために、10日前に遼司が用意してくれたものです。
「これを着て走れば、もう一度元気を取り戻せるだろうか・・・」
希は走り出しました。彼女のランニングとともに仙河海市内の被災状況が描かれます。魚介類の腐敗臭、そしてそれらに集まる蠅の大発生など、少し考えれば想像つくことなのに考えもしませんでした。
希は長い坂道を登りきり、振り返って仙河海の街並みを見た時、「この街と一緒にこれからも生きていきたい。この街で自分にできることが何かないか、探してみよう」と決意します。
明日で震災から半年という2011年9月10日。震災で母を亡くした早坂希は仮設住宅で暮らしています。この作品で『希望の海 仙河海叙景』の登場人物たちの震災後の消息が明かされます。
彼女の仮設住宅にはランニングウエアやランニングシューズ等、ランニングのための用品が一式揃えてあります。仮設住宅に引き籠りがちな彼女のために、10日前に遼司が用意してくれたものです。
「これを着て走れば、もう一度元気を取り戻せるだろうか・・・」
希は走り出しました。彼女のランニングとともに仙河海市内の被災状況が描かれます。魚介類の腐敗臭、そしてそれらに集まる蠅の大発生など、少し考えれば想像つくことなのに考えもしませんでした。
希は長い坂道を登りきり、振り返って仙河海の街並みを見た時、「この街と一緒にこれからも生きていきたい。この街で自分にできることが何かないか、探してみよう」と決意します。