今日、現代短歌文庫『小池光歌集』(03)を読み終えました。
この歌集は概ね以下のような内容です。
◆歌集
・第一歌集「バルサの翼」(1978)全篇
・第二歌集「廃駅」(1982)全篇
◆歌論
・句の溶接技術
・絶対童貞の夢――春日井建論
・寺山修司の歌――九首へのメモ
・茂吉における嫌なもの
◆解説
・空のあかるさ――小池光におけるおびえについて(大辻隆弘)
・過去からのまなざし(川野里子)
この歌集は概ね以下のような内容です。
◆歌集
・第一歌集「バルサの翼」(1978)全篇
・第二歌集「廃駅」(1982)全篇
◆歌論
・句の溶接技術
・絶対童貞の夢――春日井建論
・寺山修司の歌――九首へのメモ
・茂吉における嫌なもの
◆解説
・空のあかるさ――小池光におけるおびえについて(大辻隆弘)
・過去からのまなざし(川野里子)
以下、一読して気になった歌を引用します。
◇バルサの翼
父の死後十年 夜のわが卓を歩みてよぎる黄金虫蟲あり
血を頒けしわれらのうへに花火果て手探りあへり闇のゆたかさ
つつましき花火打たれて照らさるる水のおもてにみづあふれをり
あかねさすひかりに出でて死にたりしかの髪切蟲(かみきり)を父ともおもへ
鈍重に生きよ をりふし来る一羽頬白にまであはれがられて
きみの非には非ざるものをとしつきの軋みに深く鉄路岐れて
切られたる欅をかっと没陽塗るかかる終焉をひとは持ち得ず
幹、太く黒くころがるめぐりにて乳香のごとき漂ひありき
さくらからさくらに架けし春蜘蛛の糸かがよへるゆふべ過ぎつつ
天空を支へてありし一茎の麦のちからとおもひねむらな
日の影の椅子に沈みて睡るなく覚むるなく春の嵐を待てり
気付かずにたれか喪ふ青春の空かぎりなし樫の木の間に
一影のポプラぞ騒ぐ水の上ゆふべうらわかき風立ち渡る
逆光の戸口をふさぐ大いなる青銅の掌を父と呼びゐき
頭蓋に一杯の雪充たし佇つものはあぢさゐの表情をせり
愉しかりし万緑のひびき機関車の河にかかればふたたび聞ゆ
ポプラ焚く榾火に屈むわがまへをすばやく過ぎて青春といふ
なに成すにあらざるわれらくりかへし読むチエホフと追伸にあり
匂ひなき夜のおとづれはるかなる食卓に餐、きみは飾りき
鮮緑のアスパラガスを盛る玻璃器われらが不満の冬をし照らす
濡れて立つときはるかなる月の出は還れよきみの溺れた夏
うるみたる瞳(め)をあげて問ふ鋭さに似つかはしけれ五月の薊 ※薊=あざみ
祝祭日のみじかき昼を満たしくる酸ゆきチエホフの断片たりし
揉みしだくよもぎのみどりかをる掌に五月よきみよ応へくるなし
みづみづしき葡萄を盛れる硝子皿耀(て)りてかなしみの長き不在あり
かたち変へかたちかへては遠ざかる群鳥を統ぶ意思にうたるる
海上に浮けばあふむけの顔のうへ拷問の陽はあふれて止まぬ
遠泳に友ら赴きぬるぬるととり残されし海礁のなか
いちまいのガーゼのごとき風たちてつつまれやすし傷待つ胸は
一夏過ぐその変遷の風かみにするどくジャック・チボーたらむと
◇廃駅
ふるさとに母を叱りてゐたりけり極彩あはれ故郷の庭
熱湯の真上アスパラを解き放つあざやかに見も知らぬ女の指が
死ぬまへに孔雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる
吊りさげてさかしまに干す薔薇四(し)本断つゆゑもなし家族のきづな
サフランのむらさきちかく蜜蜂の典雅なる死ありき朝の光に
病棟の夕庭紅のもも咲いてチェホフが佇つてゐるとおもひぬ
ジョン・レノン死にたる朝(あした)口漱ぐわが青春は彼とかかはらず
胎盤のやうな月ゐる陸橋にまたさしかかる家路とはなにか
数寄屋橋ソニービルディング屋上に青きさんぐわつのみぞれ降りゐき
音たてて黒き蝙蝠傘(かうもり)はじけ咲くカフカの恋の実らざりにき
生きてゐるしるしほのかに夜の卓濡らすサンチャゴの雨のゑはがき
むらさきのあからさまなる辱しめ蘇芳花咲く枝にはりつき ※蘇芳=すおう
歯に砕き箸あやつりてひたすらに蟹食ひたまふ母の遠さよ
深夜灯ともる食料品店ゆくりなく劣情といふことばをおもふ
エラ・フィツジェラルド歌ひ母うたふうつしみの白き声帯かなし
夕餉待つたゆたひの窓はるばるとまんじゆしやげ色の雲沈み見ゆ
秋風のキース・ジャレット水の辺(へ)に翳りもあらぬ青年が立つ
貨車過ぐるとどろきのなか物干しの晴れがましきシャツに妻隠れたり
ゆく春や撮られてあはれわが胸にわづかばかりの翳りもあらず
藪椿の赤きをうてば水芸のわらはざる娘(こ)を思ひ出でしも
なだらかなこの日日にしてまぼろしの大いなる□(えい)、頭上をおよぐ ※□=魚+賁
トウアレグの青の衣はうつりゆかむサハラの青きさざなみとして
春の夜の開け放たれし喪の家にたたみ青照る青き海原
廃駅をくさあぢさゐの花占めてただ歳月はまぶしかりけり
ゴムの葉を滑らむとせし一滴は全夕雲をうつしてゐたり
大粒の雨うちそそぐ八月の黒き葵に人の素肌に
雨しのび降りつつとほく時間(とき)流れサフラン湯(たう)はのどながれたり
満月は朴の葉にゐて税関吏アンリ・ルッソーの孤独思ほゆ ※朴=ほお
夕光のクレタをおもふ皿のうへ青き葡萄へ風わたるとき
街灯にあばかるる部屋くれなゐの薔薇ふかぶかと重水をすふ
暗澹と傘さして見る午後の園犀角にふるあめのゆくへを
ああ月光、われの踏み込む室内にカルミナ・ブラーナ溢れてゐたり
不吉なるこのゆふべかな鶏頭の茎ふとく地(つち)に入るまであかし
扁桃腺脹らしてひと日家籠る世はさるすべりの花のくれなゐ
父の死後十年 夜のわが卓を歩みてよぎる黄金虫蟲あり
血を頒けしわれらのうへに花火果て手探りあへり闇のゆたかさ
つつましき花火打たれて照らさるる水のおもてにみづあふれをり
あかねさすひかりに出でて死にたりしかの髪切蟲(かみきり)を父ともおもへ
鈍重に生きよ をりふし来る一羽頬白にまであはれがられて
きみの非には非ざるものをとしつきの軋みに深く鉄路岐れて
切られたる欅をかっと没陽塗るかかる終焉をひとは持ち得ず
幹、太く黒くころがるめぐりにて乳香のごとき漂ひありき
さくらからさくらに架けし春蜘蛛の糸かがよへるゆふべ過ぎつつ
天空を支へてありし一茎の麦のちからとおもひねむらな
日の影の椅子に沈みて睡るなく覚むるなく春の嵐を待てり
気付かずにたれか喪ふ青春の空かぎりなし樫の木の間に
一影のポプラぞ騒ぐ水の上ゆふべうらわかき風立ち渡る
逆光の戸口をふさぐ大いなる青銅の掌を父と呼びゐき
頭蓋に一杯の雪充たし佇つものはあぢさゐの表情をせり
愉しかりし万緑のひびき機関車の河にかかればふたたび聞ゆ
ポプラ焚く榾火に屈むわがまへをすばやく過ぎて青春といふ
なに成すにあらざるわれらくりかへし読むチエホフと追伸にあり
匂ひなき夜のおとづれはるかなる食卓に餐、きみは飾りき
鮮緑のアスパラガスを盛る玻璃器われらが不満の冬をし照らす
濡れて立つときはるかなる月の出は還れよきみの溺れた夏
うるみたる瞳(め)をあげて問ふ鋭さに似つかはしけれ五月の薊 ※薊=あざみ
祝祭日のみじかき昼を満たしくる酸ゆきチエホフの断片たりし
揉みしだくよもぎのみどりかをる掌に五月よきみよ応へくるなし
みづみづしき葡萄を盛れる硝子皿耀(て)りてかなしみの長き不在あり
かたち変へかたちかへては遠ざかる群鳥を統ぶ意思にうたるる
海上に浮けばあふむけの顔のうへ拷問の陽はあふれて止まぬ
遠泳に友ら赴きぬるぬるととり残されし海礁のなか
いちまいのガーゼのごとき風たちてつつまれやすし傷待つ胸は
一夏過ぐその変遷の風かみにするどくジャック・チボーたらむと
◇廃駅
ふるさとに母を叱りてゐたりけり極彩あはれ故郷の庭
熱湯の真上アスパラを解き放つあざやかに見も知らぬ女の指が
死ぬまへに孔雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる
吊りさげてさかしまに干す薔薇四(し)本断つゆゑもなし家族のきづな
サフランのむらさきちかく蜜蜂の典雅なる死ありき朝の光に
病棟の夕庭紅のもも咲いてチェホフが佇つてゐるとおもひぬ
ジョン・レノン死にたる朝(あした)口漱ぐわが青春は彼とかかはらず
胎盤のやうな月ゐる陸橋にまたさしかかる家路とはなにか
数寄屋橋ソニービルディング屋上に青きさんぐわつのみぞれ降りゐき
音たてて黒き蝙蝠傘(かうもり)はじけ咲くカフカの恋の実らざりにき
生きてゐるしるしほのかに夜の卓濡らすサンチャゴの雨のゑはがき
むらさきのあからさまなる辱しめ蘇芳花咲く枝にはりつき ※蘇芳=すおう
歯に砕き箸あやつりてひたすらに蟹食ひたまふ母の遠さよ
深夜灯ともる食料品店ゆくりなく劣情といふことばをおもふ
エラ・フィツジェラルド歌ひ母うたふうつしみの白き声帯かなし
夕餉待つたゆたひの窓はるばるとまんじゆしやげ色の雲沈み見ゆ
秋風のキース・ジャレット水の辺(へ)に翳りもあらぬ青年が立つ
貨車過ぐるとどろきのなか物干しの晴れがましきシャツに妻隠れたり
ゆく春や撮られてあはれわが胸にわづかばかりの翳りもあらず
藪椿の赤きをうてば水芸のわらはざる娘(こ)を思ひ出でしも
なだらかなこの日日にしてまぼろしの大いなる□(えい)、頭上をおよぐ ※□=魚+賁
トウアレグの青の衣はうつりゆかむサハラの青きさざなみとして
春の夜の開け放たれし喪の家にたたみ青照る青き海原
廃駅をくさあぢさゐの花占めてただ歳月はまぶしかりけり
ゴムの葉を滑らむとせし一滴は全夕雲をうつしてゐたり
大粒の雨うちそそぐ八月の黒き葵に人の素肌に
雨しのび降りつつとほく時間(とき)流れサフラン湯(たう)はのどながれたり
満月は朴の葉にゐて税関吏アンリ・ルッソーの孤独思ほゆ ※朴=ほお
夕光のクレタをおもふ皿のうへ青き葡萄へ風わたるとき
街灯にあばかるる部屋くれなゐの薔薇ふかぶかと重水をすふ
暗澹と傘さして見る午後の園犀角にふるあめのゆくへを
ああ月光、われの踏み込む室内にカルミナ・ブラーナ溢れてゐたり
不吉なるこのゆふべかな鶏頭の茎ふとく地(つち)に入るまであかし
扁桃腺脹らしてひと日家籠る世はさるすべりの花のくれなゐ
小池 光(こいけひかる)
昭和22年、宮城県柴田町に生まれる。昭和47年、東北大学理学部大学院修了。昭和50年、上京して私立高校教師、理科、数学を教える。昭和47年ころ偶発的に短歌に接触、「短歌人」に入会。現在同誌編集人。昭和53年歌集『バルサの翼』(現代歌人協会賞)、昭和57年『廃駅』、昭和63年『日々の思い出』。(裏表紙・略歴より)
【参考】(Wikipediaより)
・第一歌集『バルサの翼』(78)
・第二歌集『廃駅』(82)
・第三歌集『日々の思い出』(88)
・第四歌集『草の庭』(95)
・第五歌集『静物』(00)
・第六歌集『滴滴集』(04)
・第七歌集『時のめぐりに』(04)
・第八歌集『山鳩集』(10)
・第九歌集『思川の岸辺』(15)
昭和22年、宮城県柴田町に生まれる。昭和47年、東北大学理学部大学院修了。昭和50年、上京して私立高校教師、理科、数学を教える。昭和47年ころ偶発的に短歌に接触、「短歌人」に入会。現在同誌編集人。昭和53年歌集『バルサの翼』(現代歌人協会賞)、昭和57年『廃駅』、昭和63年『日々の思い出』。(裏表紙・略歴より)
【参考】(Wikipediaより)
・第一歌集『バルサの翼』(78)
・第二歌集『廃駅』(82)
・第三歌集『日々の思い出』(88)
・第四歌集『草の庭』(95)
・第五歌集『静物』(00)
・第六歌集『滴滴集』(04)
・第七歌集『時のめぐりに』(04)
・第八歌集『山鳩集』(10)
・第九歌集『思川の岸辺』(15)