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『寺山修司全歌集』を読みました。

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先日、俵万智の『あなたと読む恋の歌百首』を読み、寺山修司の「きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えむとする」という歌に出会ったので、彼の歌集を読むことにしました。
『寺山修司全歌集』は、「田園に死す」「初期歌篇」「空には本」「血と麦」「未刊歌集 テーブルの上の荒野」という構成になっています。代表歌集「田園に死す」はシュール過ぎて共感を覚えませんでした。作家の背景やこの作品の意図を理解してから読むべきだったと思います。
以下、気になった歌を引用しました。


「田園に死す」(1964年)
  われ在りと思ふはさむき橋桁に濁流の音うちあたるたび

「初期歌篇」(1957年以前 高校生時代)
  吊されて玉葱芽ぐむ納屋ふかくツルゲエネフをはじめて読みき
  夏帽のへこみやすきを膝にのせてわが放浪はバスになじみき
  ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
  ふるさとにわれを拒まんものなきはむしろさみしく桜の実照る
  傷つきてわれらの夏も過ぎゆけり帆はかがやきていま樹間過ぐ

  日あたりて雲雀の巣藁こぼれおり駈けぬけ過ぎしわが少年期
  わが夏をあこがれのみが駈け去れり麦藁帽子被りて眠る
  亡き父にかくて似てゆくわれならんか燕来る日も髭剃りながら
  少年のわが夏逝けりあこがれしゆえに怖れし海を見ぬまに
  遠き帆とわれとつなぎて吹く風に孤りを誇りいし少年時

  かなかなの空の祖国のため死にし友継ぐべしやわれらの明日は
  わが内にわれにひとりの街があり夏蝶ひとつ忘られ翔(か)くる
  君のため一つの声とわれならん失いし日を歌わんために

「空には本」(1958年)
  一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき
  言い負けて風の又三郎たらん希いをもてり海青き日は
  北へはしる鉄路に立てば胸いづるトロイカもすぐわれを捨てゆく
  赤き肉吊せし冬のガラス戸に葬列の一人としてわれうつる
  胸の上這わしむ蟹のざらざらに目をつむりおり愛に渇けば

  かわきたる田螺(たにし)蹴とばしゆく人たち愚痴を主張になし得ぬままに
  うしろ手で扉をしめながら大いなる嚔(くさめ)一つしぬ言い負け来しか
  町の空つらぬき天の川太し名もなき怒りいかにうたえど
  群衆のなかに故郷を捨ててきしわれを夕陽のさす壁が待つ
  火を焚きてわが怒りをばなぐさめぬ大地を鳥の影過ぎてゆき

  テーブルの金魚しずかに退るなり女を抱きてきてすぐ渇く
  わが内の少年かえらざる夜を秋菜煮ており頬をよごして
  マッチ擦るつかのま海に霧ふかし見捨つるほどの祖国はありや
  群衆のなかに昨日を失いし青年が夜の蟻を見ており
  外套のままかがまりて浜の焚火見ており彼も遁れてきしか

「血と麦」(1961年)
  さらば夏の光よ、祖国朝鮮よ、屋根にのぼりても海見えず
  ここをのがれてどこへゆかんか夜の鉄路血管のごとく熱き一刻
  壁越しのブルースは訛りつよけれど洗面器に湯をそそぎつつ和す
  トラックの運転手が去り猫が去り日なたにドラム罐残されたり
  欲望は地下鉄音とともにわが血をつらぬきてすぐ醒むるのみ

  大声で叫ぶ名が欲し地下鉄の壁に触れきしシャツ汚れつつ
  雷鳴に白シャツの胸ひろげ浴(あ)ぶ無瑕(むきず)の愛をみしろ恥じつつ
  トラクターに絡む雑草きみのため土地欲し歩幅十歩たりとも
  センチメンタル・ジャニイと言わん雨けむる小麦畑におのれ瀆れて
  血と麦がわれらの理由工場にて負いたる傷を野に癒しつつ

  すでに亡き父への葉書一枚もち冬田を越えて来し郵便夫
  ひわれたる冬田見て過ぐ長男として血のほかに何遺されし
  きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えんとする
  歌ひとつ覚えるたびに星ひとつ熟れて灯れるわが空をもつ
  見えぬ海かたみの記憶浸しゆく夜は抱かれいて遙かなり

  許されて一日海を想うことも不貞ならんや食卓の前
  一本の樹を世界としそのなかへきみと腕組みゆかんか 夜は
  空をはみだしたるもの映す寝台の下の洗面器の天の川
  夕焼の空に言葉を探すよりきみに帰らん工場沿いに
  悲しみは一つの果実てのひらの上に熟れつつ手渡しもせず

  目の前にありて遙かなレモン一つわれも娶らん日を怖るなり
  わが撃ちし鳥は拾わで帰るなりもはや飛ばざるものは妬まぬ
  愛されているうなじ見せ薔薇を剪るこの安らぎをふいに蔑む
  その中に一つの声を聞きわけおり夾竹桃はしずかに暗し
  野茨にて傷つきし指口に吸い遠き火山のことを告げにき

「未刊歌集 テーブルの上の荒野」(1962年)
  女優にもなれざりしかば冬沼にかもめ撃たるる音聴きてをり
  テーブルの上の荒野をさむざむと見下(みおろ)すのみの劇の再会
  古着屋の古着のなかに失踪しさよなら三角また来て四角
  哄笑の顔を鏡にふと見つむわが去りしあとも笑ひのこらむ
  終電車がわれのブルース湯にひたす腿がしだいに熱くなる愛



寺山修司
 1935年、青森県生まれ。早稲田大学在学中に「チェホフ祭」で短歌研究新人賞を受賞。『田園に死す』は畢生の代表歌集。また、俳句、詩、エッセイ、評論などでも意欲作を発表。その傍ら、演劇実験室「天井桟敷」を主宰して国内外で活躍。さらには映画を手がけるなど、終生ジャンルを超えて、時代を先取りする表現活動を行った。1983年没。
 主な著書に、『地獄篇』『誰か故郷を想はざる』『幸福論』『書を捨てよ町へ出よう』など多数。『寺山修司著作集 全五巻』もある。(巻末解説)

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