Quantcast
Channel: my photo diary
Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

俵万智『プーさんの鼻』を読みました。

$
0
0
イメージ 1

今日、俵万智の第四歌集『プーさんの鼻』(05)を読みました。『チョコレート革命』(1997)以来、約8年ぶりの歌集で、子どもの歌が多いのが特徴です。
なお、作者は歌作りについて「あとがき」で次のように述べています。印象的な言葉なので引用しておきます。
「子どもの歌、恋の歌、家族の歌……。短歌は、私のなかから生まれるのではない、私と愛しい人とのあいだに生まれるのだ。三十代半ばから四十代はじめの作品を整理しながら、あらためてそう思った。愛しい人との出会いに感謝しつつ、三百四十四首を、本集のために選んだ。」
以下、一読して気になった歌を引用します。


「プーさんの鼻」
  熊のように眠れそうだよ母さんはおまえに会える次の春まで
  吾(あ)のなかに吾でなき我を浮かべおり薄むらさきに過ぎてゆく梅雨
  ぽんと腹をたたけばムニュと蹴りかえす なーに思っているんだか、夏
  読みやすく覚えやすくて感じよく平凡すぎず非凡すぎぬ名
  夕飯はカレイの煮つけ前ぶれを待ちつつ過ごす時のやさしさ

  バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ
  ふるえつつ天抱くしぐさ育児書はモロー反射と簡単に呼ぶ
  泣くという音楽がある みどりごをギターのように今日も抱えて
  ひざの上に子を眠らせて短篇を一つ読み切る今日のしあわせ
  唯一の存在という危うさを子と分かちあう冬空の下

  生きるとは手をのばすこと幼子(おさなご)の指がプーさんの鼻をつかめり
  いつまでも眠れぬ吾子よ花の咲く瞬間を待つほどの忍耐
  ついてってやれるのはその入り口まであとは一人でおやすみ坊や
  記憶には残らぬ今日を生きている子にふくませる一匙(ひとさじ)の粥
  母なればたくましきかな教え子は子をぶらさげて渋谷まで行く

  クロッカスの固き花芽の萌(きざ)すごとぽちりと吾子の前歯生え初(そ)む
  しがみつきながら体をかたむけて子は犬という生き物を見る

「アボカド」
  アボカドの固さをそっと確かめるように抱きしめられるキッチン
  撮影に「太陽待ち」という時間あり疑わず待つ人は光りを
  居酒屋の一つのハンガーにかけられた我のコートと君のオーバー
  さくら桜そして今日見るこのさくら三たびの春を我ら歩めり
  うしろから抱きしめられて眠る夜 君は翼か荷物か知らぬ

  一分をまとめて進む長針がひた、ひた、ひたと迫るさよなら
  三文小説に三文の値打ちあることを思いて人と別れゆくなり

「父の定年」
  第一も第二もなくて人生は続いてゆくよ昨日今日明日
  根拠なき自信に満ちて花を描く父は父らしく老いてゆくらし

「裸の空」
  笑うとき小さく宿る目の下の皺が好きだよ、笑わせたいよ
  二日酔いの君が苦しく横たわる隣で裸の空を見ていた

「時差」
  遠ざかる君のリュックを見ておりぬサヨナラ三角また来なくても
  六年とう月日の長さ短さを計りて計りきれぬ水際

「卵」
    処女(をとめ)にて身に深く持つ浄き卵(らん)秋の日吾の心熱くす  富小路禎子 
  ヒトでありメスであること「卵」という言葉選びし禎子を思う

「反歌・駅弁ファナティック」 ドリアン・T・助川の詩集『駅弁ファナティック』を長歌として
    青森駅
  もう少し生きてみようか駅弁は「漁師のごちそうたらの味噌焼き」
    上野駅
  きぬさやのこいのさやあてにんじんはたけのここいしいしいたけきらい
    水戸駅
  「印籠は国家権力の象徴だ」君の怒りの三段重ね
    和歌山駅
  愚かさは線を引くこと国と国、男と女、過去と現在
    大阪駅
  知っとるか、たこやきだけやあれへんでナウいヤングはドライカレーじゃ
    京都駅
  メニューには非菜食者のページあり「非」の方へ我は分類される
    吉野口駅
  くるまれる寿しよりもくるむ柿の葉の心いただく柿の葉寿しの

「白い帽子」
  白い帽子かぶって会いに来る人を季節のように受け入れている
  通り雨のような口づけ もっとちゃんと恋をしてからすればよかった
  言葉ではなくて事実を重ねゆくずるさを君と分かちあう春
  御破算で願いたいけどどうしてもゼロにならない男がいます
  比べつつ愛しはじめている我か靖国通りは今日も渋滞

  焼きとり屋で笑いつづけて二人して思い出せない映画の名前
  五分咲きの桜のようなだるさにて恋のはじめはいつも寝不足
  脣を離して「つづきは今度」ってこないかもしれないよ今度は
  不良債権のような男もおりまして時々過去からかかる呼び出し
  辛(から)い顔すっぱい顔が見たかったトム・ヤム・クンのクンはエビだよ

  サヨナラのキスのかわりに触れ合った指先が遠ざかる人ごみ

「鍋」
  吾と君のあいだで鍋が鍋だけがあたたかな湯気たてているなり
  これが最後の晩餐なのに長ネギが嫌いだなんて知らなかったよ
  さかのぼってあなたを否定するわけじゃないけど煮えすぎている白菜
  雑炊を食べきったなら何ごともなかったように終わりにしよう

「夏の子ども」
  みどりごと散歩をすれば人が木が光が話しかけてくるなり
  こんもりと尻あげたまま眠りいる吾子よ疲れた河童のように
  耳の穴こしょこしょ指で搔いてやる猿の母さんのような気持ちで
  夜泣きするおまえを抱けば私しかいないんだよと月に言われる

「つゆ草の青」
  たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから
  祖母と母いさかう夜の食卓に子は近づかず一人遊びす

「もじょもじょぷつり」
  初めてのもじょもじょぷつり今朝吾子はエノコログサの感触を知る
  川べりの道に黄色く笑いおり季節はずれのたんぽぽ王子
  「かーかん」と呼んだ気がする昼下がりコスモスだけが頷いている
  叱られて泣いてわめいてふんばってそれでも母に子はしがみつく

「弟の結婚」
  「生まれたよ」と父親の声はずみつつ五月の朝に弟が来た
  初めてのデートは焼鳥屋と言えりきっと私と行ったあの店
  新郎と呼ばれて顔をあげている弟はずっとずっと弟
  ブーケトスおどけてキャッチする我の中で何かが泣きそうになる
  弟が彼女とタヒチへ旅立つ日読み返してる「月と六ペンス」

「メロン」
  祖父逝けり一人の妻と五人の子、九人の孫と二人のひ孫
  「これもいい思い出になる」という男それは未来の私が決める

「木馬の時間」
  外に出て歩きはじめた君に言う大事なものは手から放すな
  納豆は「なんのう」海苔は「のい」となり言葉の新芽すんすん伸びる
  理論武装してもいいけど理論では育てられないちびくろさんぼ
  悪気なき言葉にふいに刺されおり痛いと思うようじゃまだまだ
  揺れながら前へ進まず子育てはおまえがくれた木馬の時間

「月まで行って」
  着ぶくれて石拾う子よ人類は月まで行って拾ってきたよ
  リセットのできぬ命をはぐくめば確かに我は地球を愛す


Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

Trending Articles