Quantcast
Channel: my photo diary
Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

三浦しをん『まほろ駅前狂騒曲』を読みました。

$
0
0
イメージ 1

今日、三浦しをんの『まほろ駅前狂騒曲』(13)を読み終えました。
この作品は『まほろ駅前多田便利軒』(06)と『まほろ駅前番外地』(09)に続く、まほろ駅前シリーズの第3作にあたります。
ストーリー等については、以下の通りです。
  多田便利軒、シリーズ最大の危機!
 行天が「多田便利軒」の居候となって三年目のある日、多田のもとにかつて行天と偽装結婚をしていた三峯凪子がやってきた。凪子は行天との間にできた娘「はる」を預かってほしいという。行天の異様な子供嫌いを知る多田は最初断ろうとするが、結局押し切られ預かることに。「はる」を預かることを行天になかなか切り出せない多田は煩悶する日々を過ごすが、やがて「はる」と行天が対面する日がやってきた――(文藝春秋特設サイトより)

◆最近、中村文則の作品を読み過ぎたせいでしょうか。HHFAなんていう胡散臭い団体が登場すると、主人公達が深刻な事件に巻き込まれそうな気がして心配してしまいました。でも、この作品はシリアスな部分もありますが、基本的にはコメディですから。
◆この作品には主人公の多田と行天以外にも『まほろ駅前多田便利軒』や『まほろ駅前番外地』の登場人物達が出ていて懐かしかった。多田の恋愛もうまくいきそうでホッとしました。
◆以下、気に入った文章を引用します。
 「正しいと感じることをしろ、って。だけど、正しいと感じる自分が正しいのか、いつも疑え、とも言いました」(P456)
 喜びや哀しみや幸福や苦しみは、ひとつの個体の死ですべて無に帰すのではない。俺のなかに、死んだ息子の記憶がいまも生きているように。彼によってもたらされた大きな喜びと幸せ、これ以上ないほどの哀しみと苦しみは、少しずつ薄らぎつつも、俺の心に息づいている。俺が死んでも、きっとだれかが、痛みと喜びを抱えた俺という人間を、ぼんやりとでも覚えていてくれるだろう。
 死でさえも完全には奪い去れないなにかを、あらゆる生き物がそれぞれに抱えている。だからこそ、あらゆる生き物は生まれたらできるかぎり生きようとする。つながりあおうとする。死という残酷さに対抗するために。命はむなしく生きて死んでいくだけのものではないと証明するために。(P457)

※『まほろ駅前多田便利軒』及び『まほろ駅前番外地』については、以下を参照してください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kazukazu560506i/54015284.html

Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

Trending Articles