今日、池波正太郎の『真田太平記』第9巻「二条城」を読み終えました。(3/2)
この巻について、文庫本裏表紙の解説を引用します。
この巻について、文庫本裏表紙の解説を引用します。
淀君によって大坂城から一歩も外に出されたことのなかった秀頼であったが、豊臣家を思う加藤清正らの奔走によって、ついに二条城において家康との対面が実現する。しかし立派に成長した秀頼の姿は、あらためて家康に豊臣家取潰しの決意を固めさせ、甲賀忍びに清正毒殺の使命が下る。東西手切れに向かって情勢が緊迫化する中、その日を見ることなく真田昌幸は九度山で永眠する。
【感想等】
🔷冒頭から、加藤清正と浅野幸長による、徳川家康と豊臣秀頼との「二条城会見」実現に向けた動きが描かれます。会見は慶長16年(1611)3月に実現します。
🔷次に、上記のように歴史の表舞台を描くのではなく、その陰で暗躍する忍びの者達の姿が描かれます。
🔷この巻は、「二条城会見」と「忍びの者達の闘い」が交互に描かれており(いわゆるパラレル進行)、先へ先へと読み進めやすくなっています。
🔷冒頭から、加藤清正と浅野幸長による、徳川家康と豊臣秀頼との「二条城会見」実現に向けた動きが描かれます。会見は慶長16年(1611)3月に実現します。
🔷次に、上記のように歴史の表舞台を描くのではなく、その陰で暗躍する忍びの者達の姿が描かれます。
🔷この巻は、「二条城会見」と「忍びの者達の闘い」が交互に描かれており(いわゆるパラレル進行)、先へ先へと読み進めやすくなっています。
◆126~130ページ、真田の女忍び・お江が、徳川方の忍び4人と対決するシーンは圧巻です。しかも、4人の中には猫田与助――お江に怨恨をもってつけ狙う甲賀・山中忍び――もいます。
1人対4人、お江は絶体絶命の大ピンチです。こういう時、この作品には必ず救いの手が現れます。でも、いいんです。そこがまた面白いんです。
◆164~208ページ、真田の草の者2人――お江と奥村弥五兵衛――は、ちょっとした油断から徳川方の伊賀忍者等の追跡を受けることになります。
途中、弥五兵衛がお江を置き去りにしたことから、二人はそれぞれ別の道を逃げることになります。この逃避行はハラハラ、ドキドキものです。敵中突破は出来るのか? でも、今度ばかりは難しそうです。
◆加藤清正は、徳川家康と豊臣秀頼の「二条城会見」を実現させた後、帰国途中の船内で発病し、熊本で死去しました。清正の死因については、当時から家康またはその一派による毒殺説が取り沙汰されていたようです。
池波正太郎氏は本作品中で「毒殺説」をとっています。しかも、その実行者は、清正お気に入りの料理人 片山梅春(甲賀山中忍び)でした。
◆この巻には登場人物達が酒を酌み交わすシーンが多く、とても気になりました。お酒ちょい好きの僕には堪りません。たぶん、僕の体調も良くなってきたのかもしれません。
「病気療養中なれど、少しばかりなら良薬じゃ」なんて、飲んでしまおうかな。
1人対4人、お江は絶体絶命の大ピンチです。こういう時、この作品には必ず救いの手が現れます。でも、いいんです。そこがまた面白いんです。
◆164~208ページ、真田の草の者2人――お江と奥村弥五兵衛――は、ちょっとした油断から徳川方の伊賀忍者等の追跡を受けることになります。
途中、弥五兵衛がお江を置き去りにしたことから、二人はそれぞれ別の道を逃げることになります。この逃避行はハラハラ、ドキドキものです。敵中突破は出来るのか? でも、今度ばかりは難しそうです。
◆加藤清正は、徳川家康と豊臣秀頼の「二条城会見」を実現させた後、帰国途中の船内で発病し、熊本で死去しました。清正の死因については、当時から家康またはその一派による毒殺説が取り沙汰されていたようです。
池波正太郎氏は本作品中で「毒殺説」をとっています。しかも、その実行者は、清正お気に入りの料理人 片山梅春(甲賀山中忍び)でした。
◆この巻には登場人物達が酒を酌み交わすシーンが多く、とても気になりました。お酒ちょい好きの僕には堪りません。たぶん、僕の体調も良くなってきたのかもしれません。
「病気療養中なれど、少しばかりなら良薬じゃ」なんて、飲んでしまおうかな。