Quantcast
Channel: my photo diary
Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

『現代短歌の鑑賞101』を読みました。〈1〉

$
0
0
イメージ 1

今日、小高賢編著『現代短歌の鑑賞101』(99)を読み終えました。
この本については、Amazonの「商品の説明」を引用(一部改編)します。
 あなたも短歌を作ってみませんか?
 想像力を刺激する3000首――前川佐美雄、塚本邦雄、岡井隆、寺山修司から、福島泰樹、道浦母都子、水原紫苑、俵万智、梅内美華子まで、現代短歌をつくりあげてきた101人のえりすぐりの秀歌三十首を収録した。収録歌に付した、編著者による丁寧な解説が、作品の鑑賞をより深いものとする。巻末付録の現代歌人系図も、短歌史の流れを追うのに便利。

101人×30首=3030首。共感するものもあれば、そうでないものもありました。でも、これだけ多くの歌人の歌を一気に読んだことは、とてもいい勉強になりました。以下、一読して気になった歌を引用します。
明治
◆前川佐美雄
 万緑のなかに独りおのれゐてうらがなし鳥のゆくみちを思(も)へ
 春鳥はまばゆきばかり鳴きをれどわれの悲しみは渾沌として
◆木俣 修
 つねねむく椅子に坐れるわが姿(なり)を妻ゆゑに汝(なれ)はさげすむことなし
◆坪野哲久
 につぽんの処女(をとめ)はいかにおろかにて美(うるは)しきかなマノン・レスコオ
 坂となりくだりゆくもの蝶とわれ小さき虹が前方に顕(た)つ
 空きびんの底のくぼみにあごのせてものおもうかも生きて虚しき
◆佐藤佐太郎
 秋分の日の電車にて床にさす光もともに運ばれて行く
 あたたかき冬至の一日(ひとひ)くるるころ浜辺にいでて入日を送る
 やや遠き光となりて見ゆる湖(うみ)六十年のこころを照らせ
◆齋藤 史
 うすずみのゆめの中なるさくら花あるいはうつつよりも匂ふを
 おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は
 これよりはまさに一人の下り坂すこし気ままに花一枝持ち
 人を瞬(またた)かすほどの歌なく秋の来て痩吾亦紅(やせわれもこう) それでも咲くか

大正
◆宮 柊二
 はうらつにたのしく酔へば帰りきて長く坐れり夜(よ)の雛の前
 萌えいでし若葉や棗は緑の金、百日紅(ひゃくじつこう)はくれなゐの金
 老い初めしこの胸底(きょうてい)の漠(ひろ)さをば何に喩へて子らに告ぐべき
 雨の夜を群書類従第二百十七巻をひとり読みゆく
◆高安国世
 このままに歩み行きたき思ひかな朝なかぞらに消ゆる雲見つ
 ゆるくゆるく過ぐる病院の一日よ忘れいし生命の速度と思う
 焼き棄ててくればよかりしもろもろも恐らくは単純に火にくべられん
◆近藤芳美
 たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき
 水銀の如き光に海見えてレインコートを着る部屋の中
◆山崎方代
 夜おそく出でたる月がひっそりとしまい忘れし物を照らしおる
 ねむれない冬の畳にしみじみとおのれの影を動かしてみる
 こんなにも湯吞茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり
 寂しくてひとり笑えば卓袱台(ちゃぶだい)の上の茶碗が笑い出したり
 大勢のうしろの方で近よらず豆粒のように立って見ている

 不二が笑っている石が笑っている笛吹川がつぶやいている
 なるようになってしもうたよようである穴がせまくて引き返せない
 欄外の人物として生きて来た 夏は酢蛸を召し上がれ
◆加藤克巳
 夕いたり石は抒情すほのかにもくれないおびて池の辺にある
 鯛の目玉も喰い終りたればちょっぴりづもりのぐい呑み酒も終りとするか
◆岡部桂一郎
 鳥なきて寂しき春はふるえつつ木曽福島へ発つ列車あり
 十一面観世音菩薩踏みい出す足の親指柔らかく反る
◆田谷 鋭
 よいとまけの綱ひく声す余剰の思想もたざる清く充ちしこゑ
 父ははの面(おも)知らぬ嘆きもつことも宝石の如き生(いき)の恵みか
◆宮 英子
 天地(あめつち)のそきへのきはみ征きませど相会はむ日のなしとし思はず
 うつしみのわれは腹へりて飯食ふに夫の仏飯凍てつつ乾反る
 うちひらき泰山木の百華(びゃくげ)なる大き一枝(いっし)の花まゐらせむ
 亡き柊二あらはれ出でよ兵なりし君がいくたび越えし?半沱河(こだがわ)
 眠られず眠らな眠れ夜と朝の幕間(アントラクト)のながきただよひ

 ショパンより後に生まれし仕合(しあはせ)に嬰ハ短調作品64番
◆浜田 到
 曇天のくもり聳ゆる大空に柘榴を割るは何んの力ぞ
◆武川忠一
 ゆずらざるわが狭量を吹きてゆく氷湖の風は雪巻き上げて
 われに棲み激つ危うきもののためひとりの夜は鎮花祭(はなしずめのまつり)
 あるときは襤褸の心縫わんとしき襤褸の心さらされていよ
 手のひらに転がしている青梅のみどりのかげはわが手に冷ゆる
 澄む空の月の光を受け歩むこおろぎの夜の身の影一つ

 その仮面もはや用なく人は佇ちほれぼれと酔う貌は何者
◆安永蕗子
 されば世に声鳴くものとさらぬものありてぞ草のほととぎす咲く
 落ちてゆく陽(ひ)のしづかなるくれなゐを女(をみな)と思ひ男(をのこ)とも思ふ
◆中城ふみ子
 出奔せし夫が住むといふ四国目とづれば不思議に美しき島よ
 倖せを疑はざりし妻の日よ蒟蒻ふるふを湯のなかに煮て
 新しき妻とならびて彼の肩やや老けたるを人ごみに見つ
 とりすがり哭くべき骸もち給ふ妻てふ位置がただに羨しき
 衆視のなかはばかりもなく嗚咽して君の妻が不幸を見せびらかせり

 一人あたり十円ほどの予算にてわれが得意とすキャベツのいため煮
 われに最も近き貌せる末の子を夫がもて余しつつ育てゐるとぞ
 冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか
 もゆる限りはひとに与へし乳房なれ癌の組成を何時よりと知らず
 失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ

 遺産なき母が唯一のものとして残しゆく「死」を子らは受取れ
 枇杷の実をいくつか食べてかへりゆくきみもわが死の外側にゐる
 死後のわれは身かろくどこへも現れむたとへばきみの肩にも乗りて
◆河野愛子
 夏帽子押さへてゐたり海かぜに茅花の穂吹かれわれも吹かれて
◆塚本邦雄
 馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人恋はば人あやむるこころ
 いたみもて世界の外に佇つわれと紅き逆睫毛(さかまつげ)の曼珠沙華
◆上田三四二
 年代記に死ぬるほどの恋ひとつありその周辺はわづか明るし
 眼(まなこ)冴ゆる夜半におもへばいにしへは合戦(かせん)をまえにいかに眠りし
 うつくしきものは匂ひをともなひて晴着のをとめ街上を過ぐ
 たすからぬ病と知りしひと夜経てわれよりも妻の十年(ととせ)老いたり
 親子四人テレビをかこむまたたくまその一人なきとき到るべし

 術後の身浮くごとく朝(あした)の庭にたつ生きてあぢさゐの花にあひにし
 交合は知りゐたれどもかくばかり恋しきはしらずと魚玄機言ひき
 古手紙整理してをり亡きひとの手紙はことにしみじみとして
 朝戸繰りて金木犀の香を告ぐる妻よ今年のこの秋の香よ
◆岩田 正
 高跳びの反り弓の反りなべて反るもの美(は)し女体も反ることはある
 ときにわれら声をかけあふどちらかがどちらかを思ひ出だしたるとき
 妻でなきをみなと腕組み街ゆけりなんとわたしとしたことぞ よき
 餃子食べし美人と前後し店を出るきみもニンニクわれもにんにく
◆大西民子
 明日の夜になさむ仕事を残しおく眠りゐる間に死なざらむため
 妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか
 ねんごろの見舞ひなりしが去りぎはに人のいのちを測る目をせり
◆岡野弘彦
 うなじ清き少女ときたり仰ぐなり阿修羅の像の若きまなざし
 またひとり顔なき男あらはれて暗き踊りの輪をひろげゆく
 壮年(さだ)すぎてなほ人恋ふるあはれさを人は言ひにき我も然(しか)おもふ
 魂はそこすぎゆくかあを蒼と昏れしづむやま天につらなる
 たましひの澄みとほるまで白鳥の舞ふを見てゐて去りなむとする

 呆れぼれと桜ふぶきの中をゆくさみしき修羅の一人となりて
 わがおもふをとめこよひは遠くゐて人とあひ寝(ぬ)るさ夜ふけにけり
◆山中智恵子
 行きて負ふかなしみぞここ鳥髪(とりかみ)に雪降るさらば明日も降りなむ
 さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて
◆前 登志夫
 寒の水あかとき飲みてねむりけりとほき湧井の椿咲けるや
 ゆうらりとわれをまねける山百合の夜半の花粉に貌(かほ)伏す
◆富小路禎子
 処女にて身に深く持つ浄き卵(らん)秋の日吾の心熱くす
 一心に釘打つ吾を後より見るなかれ背は暗きのつぺらぼう
 毒少し秘め合ふことも生きやすく彼岸花人里近く自生す
 一輪の朱をのこして実となりし柘榴の闇を雷照らし過ぐ
 己が手に寸劇の幕幾度も引くごとくして一生(ひとよ)過ぎゆく

 面の内の闇より呼べばふりかへる吾の心よ誰にも見えぬ
 鬼の裔(すゑ)なれば兄弟夫子なしと思ひはじめしわが身の軽し
 絶間なく漕がれ続けてきしみ鳴る日常といふ脆きぶらんこ

昭和/戦前
◆尾崎左永子
 あらあらしき春の疾風(はやち)や夜白く辛夷(こぶし)のつぼみふくらみぬべし
 年を経て相逢ふことのもしあらば語る言葉もうつくしからん
 明日想ふことも寡(すくな)し雨の街に明るく黄なる傘をひろげて
 人おのおの生きて苦しむさもあらばあれ絢爛として生きんとぞ思ふ
 思ひ出となりたるゆゑに痛切の過去やすやすと語られてゐる

 いざさらば炎のごとく生きんかな誰がためにあらずひとりわがため
 足早に駆け抜けしわが三十代聖橋(ひじりばし)散る枯葉ボブ・ディランなど
 通過するなべての列車晩夏(おそなつ)の海の反照をつらぬきゆけり
 空を背に臘梅咲けり目に見えぬ標(しめ)あるごとき花の空間
 百獣の矜持に似たる怒気ありて侮(あなど)る者を追ひ詰めんとす

 浴槽にみたす深夜の湯に溶けて形失ふごとくゐたりき
◆馬場あき子
 くれなゐを冬の力として堪へし寒椿みな花をはりたり
 男の論かすか不可思議されどなほわがほほゑみもかすか不可思議
 秋の日の水族館の幽明に悪党のごとき□(をこぜ)を愛す
 女なること忘れをりしが夏たけて鯉魚(りぎょ)たり夢に濃きやみを泳(ゆ)く
 心なし愛なし子なし人でなしなしといふこといへばさはやか

 三輪山に椿の磐座(いはくら)といふものありふと思ひまた梅雨深く忘る
◆蒔田さくら子
 なめらかに嘘がいへるといふことのたのしさも知りてもう若からず
 ゆるやかに湖(うみ)のおもてにひろがれる夕茜やがてわれに届かむ
 火を放ちゆきたるは誰 もつれ合ひよぢれて春の野に起(た)つけむり
 逆光に総身透きてあらば見よ われはこれだけ これだけのもの
 汝(な)がコート借りて羽織りぬ男とはこんなに広い胸郭なるか

 結論を言はばあまりに簡明にて長き経緯の甲斐なきごとし
 よろこびは天よりくだりかなしみは地よりのぼらむ太れ鉾杉
 奪ひても欲しとぞ思ふものはなくなくて足れりといふにもあらず
◆高瀬一誌
 うどん屋の饂飩の文字が混沌の文字になるまでを酔う
 フリュートを吹く女こそ横たえてみよ暮らしてもみよ
 どうもどうもしばらくしばらくとくり返すうち死んでしまいぬ
 成増駅前大沢洋品店の看板に男と女がいつから暮らす
 「結果として」を上につければわが行動の大方は説明がつく

 ころがせばころげゆくから桃は切なげになる獰猛になる
 眼をつむればまっくらやみが来るそんなことにも気づかざりけり
 中将湯はのみしことなしバスクリンは少しなめしことあり あはは
◆田井安曇
 職求め雨に一日を歩みつつ風変る夕べのクレーンの下
 一人居の中に用うる皿の数中の一枚の藍のしたたり
◆石田比呂志
 人さまの見ている時にこの馬鹿な酔いたる足がたたらを踏みつ
 あこがれの時代(ときよ)は過ぎて喉くだる夜半一椀の酒苦きかな
 しばしばも盃(はい)置きて外(と)の雨を聞く怯(きょう)ならずや自ら堕するというは
 熱燗の酒くる待ちているあいだ辛子蓮根の穴覗きおり
 酔を吐く女の背中撫でているわれの右手に感傷のなし

 蟹の脚せせりながらに飲むお酒われは困った男かな
 酒飲みのかつ人生の先輩として先に酔う ちょっと失礼
 微醺して酒店ゆらりと出で来ればまたも泣き出す冬の夜空が
 われははや酩酊したり肘枕ごろり天下を盗りそこなって
 ちょこなんと止まる止まり木隣りにも死にはぐれたる男がひとり

 おつまみはそなたの乳首でよいなどと言いてつまみぬひょいとばかりに
◆来嶋靖生
 瑣末なることにこだはりゐしわれよ今宵は魯迅を読みて眠らむ
 身を沈め湯舟より湯を溢れしむ何ほどのわが人間の量(かさ)
 行き暮れてなほわが越えむ峠あり風吹きあげてこの身は竦(すく)む
 おのづから至れる朱(あけ)に身は染めて秋日のなかに立つはぜもみぢ
 あくがれて行く道ならず信ぜむは一足(ひとあし)ごとの己(おの)が踏み跡
◆篠 弘
 ラルースのことばを愛す爐錣燭しはあらゆる風に載りて種蒔く
◆稲葉京子
 かたはらに眠る人あり年かけてこの存在を問ひ来しとおもふ
 頬に指手(た)触るるまへの弥勒像おもへば仄かにみだれ給へり
 生きてある限り仄かなくれなゐの色さす骨とをしへられたり
 抱(いだ)かれてこの世の初めに見たる白 花極まりし桜なりしか
 うち深く揺らげるものを昨夜(きぞ)は愛今日は悲哀と思ひてゐたり

 百年の椿となりぬ植ゑし者このくれなゐに逢はで過ぎにき
 たゆたへる思ひのなかに別れゆく夢の雨にも傘をさすなり
 人を恋ふ心なかりせば須佐之男は流るる箸を見ざりしならむ
 白き雲空を行きけり私はわたくしを見んとして苦しまむ
 怺へがたし信じがたしとながらへて人は今年の花を浴びをり
◆石川不二子
 睡蓮の円錐形の蕾浮く池にざぶざぶと鍬洗ふなり
 ルナアルの「博物誌」一冊あてがはれ置去られたるわれとこがらし
 怒りとならむ心まぎれて出で来しが海は美しき荒れやうをせり
 牧草に種子まじりゐし矢車の花咲きいでて六月となる
 囀りのゆたかなる春の野に住みてわがいふ声は子を叱る声

 のびあがりあかき罌粟咲く、身をせめて切なきことをわれは歌はぬ
 濡色の牧草畑またぎ立つ虹ふとぶとと今しばしあれ
 やかましいとわが言ひし故か鳴かずなりしすいつちよが部屋の隅にて動く
◆小野興二郎
 学びたしと思ふ日暮をさむざむと炭焼く母がよごれ帰り来ぬ
 遠山の木の間がくれの辛夷の花こゑあげて泣きしのちの眼に見ゆ
 父よ男は雪より凛(さむ)く待つべしと教へてくれてゐてありがとう
 梢(うれ)たかく辛夷の花芽ひかり放ちまだ見ぬ乳房われは恋ふるも
 千手観音千手と言へど遊ぶ手の一手なからむことわれを搏つ

 花咲くを待ちて逝きたり佗助のなんにも知らず咲くにはあらず
 追ひつめてゐたりしものは何ならむ夢よりさめてまたしんの闇
 かの木にはその木の祈りありてこそかく咲きにけむ遠山桜
◆寺山修司
 煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし
 ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
 一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき
 向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し
 一つかみほど苜蓿(うまごやし)うつる水青年の胸は縦に拭くべし

 売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき
◆小野茂樹
 朝霧に日のかたち見ゆあたたかき眼をおもひつつ家出づるとき
 五線紙にのりさうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声
 逢はぬ夜を充たすひびきと聞きゆくは雨の音乾く手に傘を持ち
 わが肩に頬を埋めしひとあれば春は木々濃き峠のごとし
 あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
◆小中英之
 つはぶきの花は日ざしをかうむりて至福のごとき黄の時間あり
◆浜田康敬
 きみと並び写りいる写真の後方に物売る老婆も写りておりぬ
◆佐佐木幸綱
 サンド・バッグに力はすべてたたきつけ疲れたり明日のために眠らん
 サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝(なれ)を愛する理由はいらず
 ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ
 なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌(て)は
 火も人も時間を抱くとわれはおもう消ゆるまで抱く切なきものを
◆辺見じゅん
 眠りゐる子の息のみがやはらかし冬の星座が星をふやす夜
◆岸上大作
 海のこと言いてあがりし屋上に風に乱れる髪をみている
 プラカード持ちしほてりを残す手に汝に伝えん受話器をつかむ
 かがまりてこんろに青き火をおこす母とふたりの夢つくるため
◆藤井常世
 いちにちを降りゐし雨の夜に入りても止まずやみがたく人思ふなり
 濁り川次第に静まるときにして吹かるるごとく降りし白鷺
 いちめんにすすき光れる原にゐて風に消さるることば重ねむ
 蓮池の枯れ色見つつこの胸にいま満ちてゐるものは告げ得ず
 咲き急ぎ散りいそぐ花を見てあればあやまちすらもひたすらなりし

 この道に逢ひて別るる山萩の花のをはりのしづかなる紅
◆高野公彦
 怠けたく酒が飲みたく遊びたく羊腸(くねくね)とせり五十のこころ
 死は我の一生(ひとよ)の伴侶 ラッセ、ラッセ、ラッセ、ラッセと跳人(はねと)踊る影
 杖つきて歩く日が来む そして杖の要らぬ日が来む 君も彼も我も
 滝、三日月、吊り橋、女体 うばたまの闇にしづかに身をそらすもの
◆成瀬 有
 恋ふといふしづけき思念、枕べに夜もすがらなるこほろぎのこゑ
◆佐藤通雅
 大学の植物園を歩みつつ 万緑父のごとくにさびし
◆福島泰樹
 上を向いて歩けば涙は星屑のごとく光りてワイシャツ濡らす
 君が居て君をとり巻く若草の京大パルチザンなるヘルメット見ゆ
◆伊藤一彦
 過ぎにしを言ふな思ふな凧高くうちあがりゆく今が永遠
 生きがたき青春過ぎて死にがたき壮年にあふ月光痛し
 緑濃き曼珠沙華の葉に屈まりてどこにも往かぬ人も旅人
 「正しいことばかり行ふは正しいか」少年問ふに真向ひてゐつ
 われを知るもののごと吹く秋風よ来来世世はわれも風なり
◆三枝昂之
 自転車を漕ぐ子と父の夏果てて坂の上なるかなかなしぐれ
 丘の辺に小学校の鐘響き日々の旅人としてわれは聞きたり
◆小高 賢
 「口惜しくないか」などと子を責める妻の鋭(と)き声われにも至る
 つねに敗者の立場に立ちし言説をいやしきものとこの頃おもう
 家中の誰より先に寝につけば「親父どうした」という声のする
 「略歴を百字以内に」かきあげるこの文字数のごときわれかな


Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

Trending Articles