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久々湊盈子歌集『風羅集』を読みました。

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今日、久々湊盈子(くくみなとえいこ)の第八歌集『風羅集』(12)を読み終えました。
第七歌集『鬼龍子』(07)以後、2007年の夏から2012年春までの作品の中から選び、ほぼ制作順に収められています。彼女の62歳から67歳のときの作品です。

以下、一読して気になった歌を引用します。


 今昔をいまさら言うな一日を咲ききって底紅の木槿が閉じる
 言うべくもなきさみしさに拾いあぐ一日花の白花むくげ
 まだ明けぬ梅雨を嘆けば忍冬(すいかずら)、くちなし、素馨(そけい)しるく匂える
 聞かぬふり見ぬふりすれば居心地のよきところなり猫が欠伸す
 眦(まなじり)にぽちりと朱を入れ宵山の匂うばかりの少女となりぬ

 あの子が欲し、とひとりずつ取られて夏の宵嫌われっ子のわれのみ残る
 女にも一分(いちぶん)ありと言いたげに紫桔梗がぱっちりと咲く
 昨日の敵は今日も敵にて慇懃に「ごきげんよう」と言いて別れ来
 フェミニズムってこんなことだっけ朝のみの女性専用車両が走る
 右に左に日差し移りて蛇行する新京成に寝て覚めて寝る

 吊革につかまる少女の臍ピアスわが目の前におのれ主張す
 形状記憶の枕にのこるわたくしの頭のかたち少々いびつ
 青年ダビデの裸像にひとすじ差すひかり愛してると誰にも言いしことなし
 猫でいることも悪くはないぜと目を細めシロ、三毛、トラが冬の日だまり
 男も歌も毒がなければつまらない意地はって珈琲はブラックで飲む

 囚われの王妃のごとく背のびして冬バラいちりん垣内に咲く
 六十三回めの誕生日きてつつがなくきさらぎ十日の梅が咲(わら)いぬ
 時間が見せてくれるものあり傲岸な男の背にも老いが積もりて
 朝戸繰りて声をあげたり雪というはかく簡明に心おどらす
 身のうちに癌を育てている人と真向えり暖かな冬のカフェテラス

 缶ビール一本買って乗る「のぞみ」曇りの今日はあってなき富士
 濁声(だみごえ)に鳴かねば品(しな)よく姿よき尾長の群れが町よぎりゆく
 花終えてしんと無骨な梅の木を夜更けて生絹(すずし)の雨が包めり
 木には木の思想がありて絶対の孤独を愛すメタセコイアは
 妻という字は毒に似ているさえざえとヤマトリカブト甕にあふれて

 とりわきて今年重たげに花持ちし真椿の瞋恚(しんい)に近寄るなゆめ
 葉ごもりに八重の椿はふたつみつ墓苑しずかに春雨となる
 日常茶飯事なにより大切とどきたる竹の子はともかく茹でねばならぬ
 昨日から出てゆかぬ憤りがさざなみのように寄せては胃の腑を噛むよ
 五月きて他人の庭に見てあるくクレマチス良し牡丹なお佳し

 一期の恋という切なさに緑濃き庭にすっくと海芋(カラー)がひらく
 夏のくる速度しだいに早まりて五月取り出す鍔広帽子
 わが庭に来て三年目ようやくに目が覚めたるよとヤマボウシ咲く
 もう疾うに時効となりし愛恋の記憶のごときブナの切株


 不機嫌な猫が重たき目をあけて耳を立てれば秋となるなり
 じじ、と鳴き仰のけに足掻く落蝉に間なく来るべし無という時間
 笊に盛るおぼろどうふの不定形かたちなきことほのあたたかし
 恋しさと背中合わせの人嫌い郁子(むべ)は熟れても口を開かざる
 去年死んだ人の数だけ咲くという雨の墓苑の白玉椿

 散りぬるをわが世たれそと思う間に八重の椿も落ちつくしたり
 咲く花は散る花にしてさざんかの風のままなる落花狼藉
 わびすけは微熱ある花ぽっとりとまたひとつ落ち墓苑あかるし
 桜餅は葉ごと食むべし一人寝のなみだのように鹹(しおはゆ)き葉を
 天人唐草いかなるはずみに蔑されてイヌノフグリと呼ばれて青む

 芍薬の十本ほどが立ちそよぎ猫のひたいも五月となりぬ
 定家かずらの垣の内より洩れてくる素謡(すうたい)を聞く傘かたむけて
 何気なく蹴りたる小石また蹴りて郵便局までともにゆくなり
 濁声の尾長、くぐもり鳴く土鳩夏ふけ午睡のわれを覗くは
 明日行かん海のため夜更けペディキュアの匂いさせいき眠りそびれて

 足早にすぎし一夏の形見とし手に巻く慶州(キョンジュ)の紫の石
 身体という容れものを借りているたましいひとつ たましい老いるな
 合歓の木に冬の雨ふりさびしさは黙っていたって時が連れくる
 山茱萸を素焼きの甕に投げ入れて明るむ三和土(たたき)あすから弥生
 春だ春だと囃すごとくにミモザの黄、山茱萸の黄、金雀枝(えにしだ)の黄(きい)

 ダンスはうまく踊れないからラフロイグの重たい香りをオンザロックで
 ユリノキにみどりの花の開くころとりだすピケの鍔広帽子
 人に言わず過ぎきし恥も座をつなぎ笑い話にする齢となる
 界隈に明治の空気残りいて本郷菊坂なつの日盛り
 桃売りの軽トラがいちにち停まりいし日陰に桃のにおい残れる


 ゆきあいの空となりたり虫干しの結城紬を風が抜けゆく
 新しき老眼鏡にてカマドウマの触角などもつくづくと見る
 すさまじき月夜となりて露出する悪事、劣情、妬心そのほか
 片足を蹴上げし蔵王権現の憤怒の形まなこを去らず
 マーラーは今日の気分に重たくて大沢悠里で外環をゆく

 北風に乗りくるセシウム西風に乗りくる黄砂 渺々たり春
 震度4くらいではもう驚かず夏がけ引き寄せ寝返りを打つ


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