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『春日真木子歌集』を読みました。

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今日、『春日真木子歌集』(97)を読み終えました。
この歌集は概ね以下のような内容になっています。
 ◆歌集
  ・「野菜涅槃図」(95、全篇)
  ・「北国断片」(72、抄)
  ・「火中蓮」(79、抄)
  ・「あまくれなゐ」(  、抄)
  ・「空の花花」(抄)(87)
  ・「はじめに光ありき」(抄)(91)
 ◆歌論
 ◆解説

以下、一読して気になった歌を引用します。

◆第六歌集「野菜涅槃図」(全篇)より
 冬虹の孤はふかきかな夫在らぬ空間ふいにあらはとなれり
 たましひは虹の彩なしのぼりゐむ冷ゆる大地にわれは身を置く
 虹消えてふたたびひろき空のもとありありとわれのうしなひしもの
 あかるくてくらき供華(くうげ)の花明りこよひも花を死とよみたがふ
 洗ひ髪肩にさらさら亡きひとのぬき足さし足素通りゆけり

 生きゐし日の名前に冠するソフト帽「故(こ)」の文字すこし崩して書かな
 さよならの数々いひて歩みいづ春泥ふかき肺腑を揺りて
 紅(こう)ほのか梅ににじめる今朝の雪帷子雪(かたびらゆき)とぞ亡きひとにいふ
 とらへどころなき寂しさに口噤み菜の花ばたけに爪たちてゐる
 水底に敷ける黄枯葉朱(あけ)枯葉いまだ葉先のとがる濡れいろ

 果無(はてなし)の山脈(やまなみ)尽くる金輪際かすかにひかり夕澄みてゐる
 一足ごとに汗垂り峰を越えしとふ櫂のごとくに腕(かひな)振りけむ
 友禅を裁ちたる鋏打ちならし夫の白髪切り揃へたり
 大晦日看護(みとり)の暇の二時間をひりひり奔る北斎展へ
 大根をめぐりて青菜 茄子 西瓜 介護あかるく野菜涅槃図

 聖き夜のポインセチアの緋を食む家猫の舌寒くありけむ
 爪木崎 越前岬 黒岩郷 刹那のひかり水仙のよぶ
 ひともとの梅のさかりの長ければ向うの藁屋を浮き立たせけり
 遠き眼に遊びてながき眼差しやモアイ石像さながらの夫
 大輪の菊のうなじの廃(すた)るるを克明に映す硝子戸のあり

 一歩また一歩離(さか)れば呼ばふこゑ白き光のなかのわが富士
 十六夜の月わたりゐむひそまりに耳ひらくなり山の茸(くさびら)
 あたたかき思ひは崩る牡丹をはなるる花びら残るはなびら
 花のなきながき花柄のゆれやまぬチューリップ畑に空虚みてをり
 励まして夕風のなか吹かるるは蓼のくれなゐ夫の痩脛

 ニーチェ風に押し黙りたるいちにんに朱の夕日のしばしうつろふ
 まろまろと月添ひにけり柿若葉百の葉ゆれて白色白光(びやくしきびやくくわう)
 ひとつの枝の揺れ定まらず返り咲くあぢさゐの毬いろ二藍(ふたあゐ)に
 掌より掌へわたりて猫の体熱がつかのま夫婦を繋ぎてゐたり
 うながされ振り返りたる夕窓にひらききらざる紺の侘助

 みんなみの朱欒売るこゑ立春の四温の町を賽の目にせり
 ながきながき尾長の叫びにまた昏るるせつぱつまりてぬく息もなし
 もうなにもなし得ずなりて花籠のちひさき花を挿しかへてゐつ
 風に濡れ光に濡れて重たかりわが身ひとつのここに在ること

◆第一歌集「北国断片」(抄)より
 妻なりし過去もつ肢体に新しき浴衣を存分に絡ませて歩む
 児の成長に関わりて生きよと云われし夜牛蒡の粗きささがきを造る
 咽喉赤くはらしたるまま冬に向う土甕の中に甘酒をかもして
 花の種子をマッチ箱に貯め春を待つ病みあとの子のうぶ毛が白し
 麦の畝、芍薬の芽、絵の具皿跳び超え来り猫の腹ぬくし

 目に見えぬ敵いつも多く過しいて閃めかす赤き舌をも持てり
 首ながき真紅のガーベラ下げもちて妬まぬ時の歩みはかろし
 淡き雪散らして過ぐる風妊れぬわが哀しみも清く伝えよ

◆第二歌集「火中蓮」(抄)より
 未生なる子を匿まふやさくら木のひかりの縁(ふち)にわれは疼けり
 にくしんの男(を)のみどりごの眩しきを仄か誤謬のごとく受けとむ
 乳といふ血よりも濃きを吸ふ口の今宵すこしく花明りせり
 ひと匙の粥をふふめるみどりごと今朝にんげんのかなしみ頒つ
 たましひよりやはらかく来てわれの背に重みましゆく汗のみどりご

 てのひらの縁(ふち)より皿の辷りゆきふゆのまひるを眩しくしたり
 さくらさくら藍に妖しき発色の皿にわが身の炎こぞれり
 なびくともひるがへるとも天涯にただいつぽんの欅は立てり
 冬皿にほとりと梅の核(たね)を吐く小さき命は唐突にくる
 フラスコの気泡ふつふつ浄らにてひとりあそびの胎児のつぶやき

 陽の匂ふ白壁に来て伸びあがる己れの影に審かれてをり

◆第三歌集「あまくれなゐ」(抄)より
 沙羅の花こぼるる白のひろがりに離合のこころしばし忘れむ
 身を分けて椿は咲かすくれなゐを逆映しつつ沼面に見合ふ
 倖せを還しては得る鮮烈か ふるへつつルドンの罌粟を抱けり
 傘ふかく擦れちがひたるのちおもふ仏の唇(くち)も朱かりしかな
 わが凜(さむ)きてのひらのなか黒盌(くろわん)にしろがね曳きて星ながれ入る

 空渡る身のあくがれは鶴首の壺の咽喉(のみど)に罅を入らしむ

◆第四歌集「空の花花」(抄)より
 いつしかに父を追ひゐて辿り来し滝ありて滝のひかりに対ふ
 樹木となり石となりゆく母が身を触れ得るかぎりてのひらに撫づ
 紅梅の枝のあまねくしんとして天より享けむくれなゐを待つ
 死を告ぐるこゑのうしろの蟬しぐれ受話器おきたるのちひろがれり
 雨はれし入江に舞へる鳶の輪の全円閉づるまでを仰げり

 昆虫図鑑ひらかれしままの日ざかりを短くなきて木を移る蟬
 とりとめもなき日の路地にさるすべり薄き夕日をはみいで咲けり
 ふかき雪かいくぐりこし屈折に林檎樹のひくき枝は波うつ
 冬のひかりしろくながれてリトグラフの疾駆の馬を逸らせてゐつ
 火の匂ひ 水の匂ひのなき家にガストン・バシュラールわれは恋ふなり

◆第五歌集「はじめに光ありき」(抄)より
 一歩踏み一歩をなづみ限りなしザボンの内側のやうな一日
 〈己(おのれ)〉とふ象形文字のほぐれつつ蛇となりたりわれはいづくへ
 天上の風すずしきをまとふにや李朝水滴の桃愛らしも
 一打せば思ひ余れるくれなゐの露滴々とこぼす紅萩
 今年まだ夕焼を見ず路地のうへ高枝さびしき白さるすべり

 気負へるも抗せざりけり蚕豆の莢をかぶれるやうなまひるま
 玉のごとき息吐きにけむ暁の繁みに雉の澄めるひとこゑ
 牛の眸(め)の朴なる潤みにむかひゐてしばらくわれは草いろとなる
 楽の音につれてたゆたふ少女らを彩(いろ)かろやかにピアノは映す
 ドビュッシーを聴けと云ひゐて逝きたまふ音盤の渦ほどけやまざり

 過ぎしもの絶えにしものを問ひながら吾(あ)と同年の木の橋渡る
 いなびかり生簀に溢れ一斉に烏賊曼陀羅となりてまぶしも



春日真木子(かすがまきこ、1926年生まれ)
 歌人。歌誌『水甕』代表。尾上柴舟系の歌誌の親睦団体「柴舟会」会長。
 鹿児島県鹿児島市生まれ。父は歌人・松田常憲。千代田女子専門学校(のちの武蔵野大学)に入学するも戦争のために中退。三井鉱山の人事部に勤務する。
 父の指導で短歌を始め、1955年に歌誌『水甕』に参加。1958年から1972年まで札幌市や苫小牧市に在住。1975年より編集委員、のち発行人、2003年代表。1957年、水甕新人賞受賞。1973年、水甕賞受賞。1980年、歌集『火中蓮』で第7回日本歌人クラブ賞受賞。1991年、歌集『はじめに光ありき』で第13回ミューズ女流文学賞受賞。2005年、『竹酔日』で第41回短歌研究賞受賞。2016年、『水の夢』で第7回日本歌人クラブ大賞受賞。娘の春日いづみ(1949年生まれ)も歌人。

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