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久々湊盈子歌集『紅雨』を読みました。

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今夜、久々湊盈子の第六歌集『紅雨』(04)を読み終えました。
「あとがき」によれば、前集『あらばしり』(00)以来、ほぼ4年間の作品から400首余りを選び、おおむね制作順に収めたとのこと。また、集名「紅雨」については、以下のように述べています。
 集名とした「紅雨」とは、春、花にそそぐ雨のことであり、またあかい花の散るさまを雨にたとえて言う語でもあるという。向後にまたどんな困難が待ち受けていることか、神ならぬ身に知りようもないことだが、ともかく大過なく迎えた50代の終りを期して、せめてこの華やぎのある言葉を冠して一冊の歌集を送り出したいと思う。

以下、一読して気になった歌を引用します。


 コスモスに来ている風を目に追えばこころはしばし凪ぐがごとしも
 生きながら溺るるという仕合せもきっとあるらむ満天の星
 酢に浸(ひ)でて氷頭(ひず)は食うべしかの冬のかの雪の夜を思いながらに
 腐りかけがもっとも匂うカリンの実出窓に忘れ春となりたり
 われに遠き前衛論また戦後論開き過ぎたる木蓮が散る

 身勝手な言い分ふんふん聞いてやる所詮はひとの夫たるおとこ
 待針というは良き言葉にて待針を打つごと明日を待ちし日もあり
 誰か来てわれの背を押せいちにちのはて着膨れてブランコに乗る
 うずら豆虎豆花豆ひよこ豆さびしい夜は豆を炊くなり
 カウカウと頭をめぐらせて白鳥は妻呼び子を呼びまた頸を折る

 白川筋のちいさな宿に籠り寝て身のほど知らずの夢を見たきよ
 慰められて癒ゆるくらいの傷でなし利根大堰に夕日見にゆく
 江戸つむぎ浜ちりめんに京お召広げてたましいの虫干しをせむ
 敗色濃き大戦末期に吾(あ)を生みし母を思えばなんのこれしき
 隧道の向こうは春の雨明るそこまで行かむ今日はそこまで

 丹田に力をこめよ笑っても泣いても必ず来るものは来る
 声に鳴く山鳩聞けば境涯を嘆くな、まいて人を憎むな
 したり顔に善を説くならここに来て手を汚してみよとまでは言わぬが
 人の死を待つなどもってのほかにしてもってのほかを今日はするなり
 あたたかきココア飲まむとうつむきてそのまま泣けり一分の間

 これ以上これ以下もなき一身を献上に巻き風に出でゆく
 白内障の手術を決めぬはらいそに迷わずひとり行き着くように
 ほどほどに惚けねば老いには辛すぎるこの世の春に名残り雪降る
 背伸びして待つこともなし歳月はわれに棲みいし鬼も消したり
 嫌いではなけれど好きでもない花のアマリリス図太き茎に咲きたり

 夢ひと夜、ふた夜はならず茨城の磯打つ波を枕(ま)きて眠らむ
 安らがぬわれを丸ごと押し込めて「天地無用」と大書しておく
 退屈な猫の、退屈な犬の、退屈な退屈な老人の大あくび
 他意なくて生(お)いでしものを今生の敵(かたき)のごと藪枯らしの若蔓を抜く
 目には青葉したたるごとくこの世には思案のほかの夢もあるべし

 時間(とき)という抗いがたき観念を得たるより人は老いてゆくらむ
 絶対の愛など誓いしこともなし世紀越えただ垂直に夏の雨降る
 日に当てし布団引き寄せ新涼の夜のなつかしさ母恋いに似て
 二日三日(みか)われに来ていし鬱の気の去(い)ぬるかぱちりと白梅が咲く
 ゲルベゾルテの匂いまといて持ち重る義父の背広を陽に裏返す

 疲れはいつもまぶたにたまりラング・ド・シャ夜更けに立ってひそひそと食む
 この春はもう帰らぬと葦の間に水禽がうすき脂曳きゆく


 火のごとき自我もてあまし沙羅の木がひと日咲かせて捨つる白花
 言の葉の薄き刃(やいば)に君を裂き創(きず)の甘さを舐めたきものを
 甘藍を剥がす手つきにたましいを覆えるものを脱がされてゆく
 まっすぐにもの言うゆえに疎まれて陽に透けながら紅蜀葵咲く
 つづまりは他人事にて旨き酒のみながら聞く誤爆のニュース

 孤独を友に大道の辻に老いたりきギリヤーク尼ヶ崎なる弊衣蓬髪
 秋の日となりていたりき天窓の隙よりますぐに光はおちて
 夕闇にダチュラの花のほのあかり天使の楽をたれか聴きいる
 丹の椿、白の椿も葉がくれに一所不在の風を遊ばす
 寝ながらに夜々思うことおおかたは公言できぬ あなたもそうか

 さびしい女はふとる夜更けの赤ワイン、ブルーチーズを少しかじって
 一切衆生悉有仏性、かの夏に逝きたるものは帰ることなし
 無頼の夏を越えしひまわり一刀に刈り伏せて鬱を晴らす日もある
 忘れぬと言いて別れしかの夏のわれの若さや百舌が高鳴く
 幾代のルサンチマンを晴らしたるおとこの髭にも霜降るころか

 荒砥(あらと)のごとき今日のこころよ草トカゲ尾を切りてわれも逃げらるるなら
 四苦六情(しくりくじよう)ありて愉しき人生のひと日けぶらう柳の若芽
 柿若葉目にしむ候、と書きさして癌病む叔父へ継ぐ言葉無き
 大き傘に庇われゆけりおみなとは男次第と思わせながら
 冬の夜は読むべくアンナ・カレニナのスカートの襞の深き絶望

 刺刀(さすが)ひとふり秘むるにあらね臘梅の匂いまさりて今日鬼房忌
 気の逸る若鳥ならん立春を待ちがてにして発ちてゆきたり
 冷蔵庫の最上段の奥というエアポケットが日常にある
 六塵の楽欲(ぎようよく)ありてしばしばも夢にひとりの男と暮らす
 六輝(ろつき)たしかめ出で来し旅にキンポウゲ・花茄子・ゲンゲ・礼文シオガマ

 ウスユキソウはエーデルワイスの仲間にて小さく白くいじましき花
 さいはてのこの切り岸に生まれしも運否天賦(うんぷてんぷ)とウミネコが鳴く
 台詞(せりふ)わすれて立ちすくむ夢に書割の黄色の月が消え残りたり
 傍観的意見を言うなわしわしと吾を叱りて熊蝉のこえ
 「年」という単位にあらずと癌を病む友の夫が低く言いたり

 すずしろと呼べばつめたきおとめごの腓(こむら)のごときを秋の陽に干す
 黒出目金、琉金、蘭鋳、頂点眼、無残なる美をひとは創りき
 郁子(むべ)熟れて金輪際の口開かぬ覚悟のほども秋の日のなか
 ムーンフェイスの友とちいさく手を振って駅に別れき さよなら、またね
 生きて見る夢のにがさに酔いどれて上野の山の落花狼藉

 四十年の大切の友死にゆきてしみじみ紅雨の夜の「わかれうた」
 花冷えや恋の敵(かたき)の友の訃の届く今宵の酒熱くせよ
 傘うちにおのれ守りて歩みゆく春の墨堤泪橋まで
 常ならぬ声音に鳴きてででぽっぽででぽっぽお前も妻亡くせしや
 どのような生き方なればうなづきて死を待ちうるや風が目にしむ

 とことわの非在となりしわが友よヘブンリーブルーさわに咲きたり
 悔ゆること誰にもあるを鯉のぼり風なき昼の懶惰落魄
 舌代はこごみ、たかんな、山のうど春に欠かせぬ素魚(しろうお)もある
 バイソングラス一本立ちいるズブロッカとろりと氷温に飲むが好きなり
 うすももの花首ふたつみつ投げて若き椿の名は太郎冠者

 一心に咲きて散れれば忘れかね今年七つのぼうたんの紅
 音盤はダミアの唄声 梅雨じめり気遠き昼の栗の紐花
 おとめにて君に遇い得しさきわいは白詰め草の花満てるころ
 多情にてひとより悲しみ多ければ藍の単衣(ひとえ)は衿詰めて着る
 雨はらむ雲たれこめてしばしばも波乱というは西より来たる


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