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虫武一俊歌集『羽虫群』を読みました。

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虫武一俊(むしたけ・かずとし、1981-)の歌集『羽虫群』(16)を読みました。
犠呂ら順に読んでいくと、孤独な青年(「ひきこもり」だったかもしれません)が少しずつ人や社会と繋がっていく様子が描かれています。僕からしたら、とても新鮮に見える表現も多く、くり返し読みたくなる歌集です。

この歌集について、本人による「あとがき」の一部を引用します。
 自分は何者にもなれないということにようやく気がついたとき、20代も半ばをとうに過ぎて、広野に立ち尽くしているような心地だった。自分なりに積み上げてきたと思っていたものは、そもそも最初から実態がなく、文字通り何も手にしていないところから、人より遅い始動をしなくてはいけなかった。
 短歌と出会ったのはそうしたなかでのことで、決められた形式のあることは、他人へのアプローチやアピールをしなくても一応の完成形という手応えをもたらし、まだ人と上手く関われなかった私の性にあった。その後、インターネットを通じたり実際に顔を突き合わせたりしながら、数々の歌会や批評会に参加することになるのだから、人と関わっていけるようになることにおいて短歌が果たしてくれた役割は大きかった。
 アピールできるほどの自己はいまもってないが、短歌においてはその「何も持っていなさ」が武器になることがあると思っている。世間一般では真っ先に排除される「弱み」が、短歌という枠組みを与えられることで、別の側面からの価値観を見せることができる。弱いことや負けることがマイナスに語られがちな日々のなかで、そこに沈みがちだった私が短歌によって掬い上げられたことは、本当に幸運だったと思う。
 本書は2008年から2015年にかけて作った歌から、既発表・未発表作あわせて308首を選んで収録しています。発表の時系列にはこだわらず編集し、また既発表作においても一部順序の再編や言い回しの訂正を行っています。

以下、一読して気になった歌を引用したいと思います。


 生きかたが洟かむように恥ずかしく花の影にも背を向けている
 雑草の味を知るかと雑草にすごまれる どこへ行けというのか
 殴ることができずにおれは手の甲にただ山脈を作りつづける
 ジャム売りや飴売りが来てひきこもる家にもそれなりの春っぽさ
 しあわせは夜の電車でうたた寝の誰かにもたれかかられること

 自販機の赤を赤だと意識するたまにお金を持ち歩くとき
 飲み込んだ言葉がきっとあるはずのカウンセラーよ 駅まで雨だ
 くだり坂ばっかりだったはずなのにのぼってきたみたいにくるしい
 現状を打破しなきゃって妹がおれにひきあわせる髭の人
 ドーナツ化現象のそのドーナツのぱさぱさとしたところに暮らす

 なにもかも符牒みたいで両親の天気の話から逃げだした
 眼を閉じて屋根の向こうの星叩く この世は永遠の暇潰し
 あすはきょうの続きではなく太陽がアメリカザリガニ色して落ちる
 貼り紙は裂け目のひとつから破け人を裏切ることの爽快
 入り組んだ団地を歩く さびしさが寂寥になるための過程に

 空き缶に生きたあかしを蹴り刻む明日死ぬってわけではないが
 喪失感まみれの夜にひとつひとつブロッコリーの毛を数えてる
 満開のなかを歩いて抜けてきたなにも持たない手にも春風
 「負けたくはないやろ」と言うひとばかりいて負けたさをうまく言えない
 剣豪のように両手にハンガーを構えてしまうひとときがある

 ロングシートにおにぎりを食う母子のいて四月電車のはずむ光よ
 捨てられずにきた憐憫の内側のむせ返るほど檸檬の匂い
 くれないの京阪特急過ぎゆきて なんにもしたいことがないんだ
 よれよれのシャツを着てきてその日じゅうよれよれのシャツのひとと言われる
 生活を追う日々にいて靴下の互いちがいに笑う二十二時

 防ぎようのなく垂れてくる鼻水のこういうふうに来る金はない
 空き缶を持ったまま行く春の夜の星と都市ではどちらが寒い
 ゆるやかに父が眉から老いていくかつてはわれを打ち据えた眉
 なんとなく生まれてしまい物陰にいろんな蓋を探す生涯
 硬い風に窓の震える日の暮れもバナナの筋は全部取りたい

 食塩に海を覚えるゆで卵 このおれはだれのためのこのおれ
 始めたら終わる世界で夕立は優等生の激しさを持つ
 生きる、そのための潤みの足りなさに視線を奪われる夜の川
 乗せたまま投げたのだからうつくしいあきらめとして匙をこぼれろ
 立ち直る必要はない 蝋燭のろうへし折れていくのを見てる

 傷つけてしまう怖れに水ばかり見ていたような春がまた来る
 一語一語をちゃんと区切って話されてなにが大事なことだったのか
 悪口を言うさびしさにくちびるを何度も舐めてしまうはつなつ
 海でしょう、海でしょうって渡れないことを何度も確かめている
 たましいは水溶性と確信を深めてながく洗う浴槽

 手花火を咥えて踊る はじけるというおしまいのおもしろいこと
 謝ればどうしたのって顔ばかりされておれしか憶えていない


 ゆびで梳く自分の髪は頼りなく、愛なんて口ばしるなよ鳥
 革命を謳う落書き 旧館のトイレから見る空はまぶしい
 肩甲骨だって翼の夢をみる あなたはなにをあざけりますか
 いつも行くハローワークの職員の笑顔のなかに〈みほん〉の印字
 関西にドクターペッパーがないということを話して終わる面接

 この星の油断うつくし閉めるのを忘れた窓の桟に赤い葉
 十割る三がもののはずみで割りきれてしまって 叫び声がきこえる
 なにもかも午睡に貢ぎその夜を持たざる者として歩みたい
 いつ見ても遠いものだと思ってたセイタカアワダチソウの向こうの
 雨という命令形に濡れていく桜通りの待ち人として

 夜景にも質感のあるこの夜をこの夜を忘れるな手のひら
 生きていくことをあなたに見せるときちょうど花びらでも降ればいい
 ゲッツーに倒れたように晩秋は終わりそれぞれ遠くを思う
 ハローお前らご機嫌ですかカクテルの薄いレモンで唾がとまらん
 またお会いしましょう 棚の裏側でビンのキャップが見つかるように

 思いきってあなたの夢に出たけれどそこでもななめ向かいにすわる
 本名をいつかあなたに教えたいその真夜中の港のにおい
 ふたりきりになっていったいどうしたらいいのかと思う のびなさい麺
 それなりに所有をしたいおれの眼に九月の青空はうすく乗る
 恥ずかしく祭りにひとり来てしまい割り箸がとてもきれいに割れる

 「待たせたな」もうすぐカッコつけながら来るはずおれのなかの勇気は


 「ふつう」ってなんなんだろう 扇風機の〈中〉はそこそこ部屋を散らかす
 さくらでんぶのでんぶは尻じゃないということを憶えて初日が終わる
 人生は運 飲み会と飲み会のすき間でオリオン座が見えている
 もう堪えきれなくなって駆け込んだ電車のつり革の赤いこと
 はやく家に帰ろう街の電柱がみんなアルデンテに見えてくる

 くるえない今日は黙って微笑んでいましょう目には花弁をためて
 労働は人生じゃない雨の日を離れてどうしているかたつむり
 大丈夫かどうかはおれが決めていく一年前の飴はにちゃにちゃ
 パインアメは吹いても鳴らず予報では明日この街に初雪が降る
 じゃがりこで生き延びたあとその味にまみれた指をこすり合わせる

 滅べとは言えないだろうこの冬も夜空の遠いところを仰ぐ
 ブルーベリーガム嚙むほどにあたたかいあきらめに似た味になりゆく
 少しやさしくされると少し気になってしまう単純 靴下を脱ぐ
 水を飲むことが憩いになっていて仕事は旅のひとつと思う
 ににんがし、にさんがろくと春の日の一段飛ばしでのぼる階段

 物干しのブルージーンズ両脚を蹴りあげている春風のなか
 やっと五月。読みさしだったさみどりの歌集を持ってベランダに出る
 目の前に黒揚羽舞う朝がありあなたのなにを知ってるだろう
 生命を宿すあなたの手を引いて左京区百万遍交差点
 届かない言葉もあるということの手をかさねれば手だけの重さ

 奪いあう約束をして晩夏光粘りつくほどこの身にかかる
 まぼろしのプールサイドを駆け抜けて叱られたいと思う 陽炎
 忘れればみな美しい 夏空を千機万機の熱気球飛ぶ
 なにか夢を叶えたらしい友だちの缶コーヒーのお金も払う


 他人から遅れるおれが春先のひかりを受ける着膨れたまま
 期待とはこわれるまでの道すがら白いふくろをふわふわと踏む
 実力は時間に比例しないこと はなびらは集めてもはなびら
 逃げてきただけだったのににこにことされて旅って答えてしまう
 知りたくはなかったことを知る坂のフェンスと蔦の仲睦まじさ

 しんりん、と木々をまとめてゆくような冷たさにいくたびも頬は
 迷うよねしたくないことしかなくてドトールのある街はいい街
 ビターチョコレートを口に遊ばせてつめたい夜の月と目が合う
 こ・こ・で・は・な・い・ど・こ・か 九つ指を折り小指にしんと冬が来ている
 わけなんて知らないほうがいいこともある心臓を流れ降る雪

 「生きろ」より「死ぬな」のほうがおれらしくすこし厚着をして冬へ行く
 なんとしてもこの世にとどまろうとしてつぱつぱ喘いでいる蛍光灯
 紳士服売場におれが立っているその不自然を笑えスカーフ
 行き止まるたびになにかが咲いていてだんだん楽しくなるいきどまり


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