Quantcast
Channel: my photo diary
Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

ナサニエル・ウエスト『いなごの日/クール・ミリオン』を読みました。

$
0
0
イメージ 1

 今日、『いなごの日/クール・ミリオン ナサニエル・ウエスト傑作選』(柴田元幸訳)を読み終えました。
 この作品集について、文庫本ブックカバー裏表紙の解説を引用します。
 絵描きの眼に映った、ハリウッドの夢の影で貧しく生きる人々を描いた「いなごの日」。立身出世を目指す少年の身に起る悲劇の数々を描き、アメリカン・ドリームを徹底して暗転させた「クール・ミリオン」。グロテスクなブラック・ユーモアを炸裂させ、30年代のアメリカを駆け抜けて早世したウエスト、その代表的な長編に短編2編を加えた永久保存版作品集。《村上柴田翻訳堂》シリーズ

【感想等】
◆この作品集には、ナサニエル・ウエスト(1903-40)の長編小説4編のうち、第3作『クール・ミリオン』(34)と第4作『いなごの日』(39)が収録されています。
いなごの日
・ハリウッドの映画会社で働く画家トッド・ハケットは、アイオワ州からやってきたホーマー・シンプソンとともに、若く美しい駆け出し女優フェイ・グリーナーの小悪魔的な行動に翻弄されます。

・闘鶏シーンが印象的
 アールが審判を務めることになった。チョークを出してきて、囲い中央に線を三本引いた。真ん中に長い線を一本、それと平行に短めの線を左右に一本ずつ、それぞれ一メートル近く離れたあたりに引く。
「鳥を位置に」アールが声を上げた。
「違う、まずくちばしを合わせるんだ」小人が異を唱えた。
 小人とミゲルは腕一本の距離をはさんで立ち、鶏たちを怒らせるために突き出して対面させた。フフ(引用者注:闘鶏の名前)が大きな赤い鶏のとさかを?拙んでがっちり捕まえたがミゲルが引っぱって離した。いささか無気力だった赤はだんだん活気づき、小人が押さえておくにも一苦労だった。二人の男はふたたびそれぞれ鶏を突き出し、フフがふたたび赤のとさかを捕まえた。赤い雄鶏は激昂し、自分より小さい相手に?拙みかかろうと暴れた。
「よし、もういいぞ」
 彼とミゲルが囲いに入り、短い二本の線の上に、たがいに向きあうよう鶏を置いた。二人とも尾を?拙んで、アールが合図を出すのを待っている。
「勝負」アールが命じた。
 アールの唇を見ていたので小人の方が先に鶏を放したが、フフはまっすぐ宙に飛び上がり一方の蹴爪(けづめ)を赤い鶏の胸に食い込ませた。爪は羽根を通り越して肉に達した。赤は蹴爪が刺さったまま体を回し、敵の頭を二度突ついた。
 彼らは鶏を引き離し、ふたたび線上に置いた。
「勝負!」アールが叫んだ。
 ふたたびフフが相手の頭上に舞い上がったが、今回は蹴爪の狙いが外れた。赤はフフの頭上に飛び上がろうとしたが、できなかった。空中で戦うには不器用すぎるし重すぎるのだ。フフがふたたび宙に上がり、おそろしく速く攻めるせいで脚が金色の霞のように見えた。赤はこれを迎え撃とうと尾を下にして後退し、猫のように蹴爪を持ち上げた。フフは何度も降りてきた。赤は翼の一方を破られ、脚も一本ほとんど切断される寸前だった。
「離せ」アールが指示した。
 小人が赤を抱き上げると、首はすでにうなだれ、体じゅう血ともつれた羽根の塊になっていた。その悲惨な姿に小男はうめき声をあげ、それから仕事にかかった。ぱっくり開いたくちばしの中に唾を吐き入れ、とさかを自分の口でくわえ込んでそこに血を吸い戻した。赤の憤怒が戻ってきたが、力は戻ってこなかった。くちばしが閉じ、首がまっすぐになった。小人は赤の羽毛を撫でつけ、整えた。破れた翼と、だらんと垂れた脚はどうしようもなかった。
「勝負」アールが言った。
 赤が動かずとも相手に襲いかかれるよう、両者のくちばしを合わせて中央線に下ろすことを小人は主張した。ミゲルはこれに応じた。
 赤は非常に勇敢だった。エイブ(引用者注:小人の名前)が尾を放すと、地面から上がって空中でフフと対決しようと渾身の力を振り絞ったが、片脚を突き出すのが精一杯で、ばったり横に倒れてしまった。フフはその上に飛び上がり、半回転して赤の背中に着地し、両方の蹴爪を突き刺した。赤は身をよじってフフを投げ飛ばし、怪我していない方の脚で攻めようと英雄的に己に鞭打ったが、ふたたび横に倒れてしまった。
 (中略)
 赤はいま一度フフとともに飛び上がろうとし、元気な方の脚で懸命にわが身を押し上げようとしたが、体が狂おしく回転しただけだった。フフは舞い上がったが狙いは外れた。赤は割れたくちばしで弱々しく突いた。フフはふたたび宙に舞い、今回は一方の蹴爪を赤の片目に刺して脳味噌まで届かせた。赤はばったり倒れて息絶えた。


・ラストの暴動シーンは圧巻です。読者が、「えっ、何?」って思っている間に事態が急変していきます。
 ハリウッドではある新作映画の世界初上映が行われようとしています。有名人が到着するまでにはまだ何時間もあるのに、劇場周辺は有名人めあての群衆であふれています。その群衆はやがて暴徒へと変わっていくのですが、主人公のトッド・ハケットもその混乱と暴力の渦中に巻き込まれてゆきます。
 以下、最後の一行を引用しますが、狂気に取り憑かれたか、あるいは自暴自棄になってしまったか、主人公の混乱ぶりが描かれ、印象的なラストになっています。
 出口を通って裏道に運ばれ、パトカーに乗せられた。サイレンが鳴り出し、はじめトッドは自分がその音を立てているのだと思った。両手で唇に触れてみた。口はギュッと締められていた。それでサイレンなのだとわかった。なぜかそのことが彼を笑わせ、トッドは精一杯大声でサイレンの音を真似しはじめた。

・「いなごの日」というタイトルはラストの暴動シーンを象徴しているように思われます。このタイトルについて語られている部分を、巻末の「【解説セッション】村上春樹×柴田元幸 1930年代アメリカの特異な作家」から引用します。
村上 「いなごの日」というのは聖書の言葉ですよね。
柴田 モーセがエジプトの王に対して、われわれを解放せよ、さもなくばイナゴの大群が訪れてこの国を荒廃させるだろうと言ったというのがひとつ。もうひとつは黙示録にも世界の終わりのひとつの形としてイナゴの大群が出てきます。いずれにせよ、世界の終末というイメージがあります。
村上 それが最後の暴動のシーンにつながっていくということですよね。

クール・ミリオン
・主人公レミュエル・ピトキンは、家庭の窮乏を救おうと田舎からニューヨークに出て一旗あげようとします。しかし、彼の純真無垢さゆえか、それとも時代のせいか、彼の思いとは裏腹にことは進んで行きます。

ペテン師(短編)
ウェスタンユニオン・ボーイ(短編)

※この作家について、ブックカバーの「著者紹介」を引用します。
ナサニエル・ウエスト 1903-40
 アメリカ・ニューヨーク生れ。本名ネイサン・ワインスタイン。タフツ大学やブラウン大学で学んだ後、ヨーロッパに渡り遊学する。1931年、シュルレアリスティックな作風の「バルソー・スネルの夢の生」でデビュー。次いで「孤独な娘」を発表後、ハリウッドに移りシナリオを手がける。ほかに主要作品として「クール・ミリオン」、75年に映画化された「いなごの日」を遺し、自動車事故で早世した。大戦後アメリカのブラックユーモア文学ブームの際に再評価された。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

Trending Articles