『石田比呂志全歌集』(01)より、第二歌集『怨歌集』(73)と第三歌集『蝉聲集』(76)について、一読して気になった歌を引用します。
◆怨歌集
夕光の冴えわたりたる雨後の街水溜りひょいと跨ぎつつゆく
人さまの見ている時にこの馬鹿な酔いたる足がたたらを踏みつ
われついにかの生きざまに及ばずと帰り来て髭を剃りつつ思う
何かまだ一つ位はいい事があるかも知れぬ死にきれませぬ
茫茫と三十六年過ぎにけり膝組みて歳旦の夜はおりにけり ※歳旦=元日
細君に叱られてうなじ垂れている石田比呂志君の午後の一刻
夕闇は水の面を覆いつつ群鳥の声低くくぐもる
初秋の四衢に至りて立ち惑う風の行方やわれの行方や ※四衢(しく)=四方に通ずる道路
どうにでもなってくれよという思い一本の木と昏れ残りたり
紅の莟ふふめる侘助の木の下ぐれの春の泥の雪
おしろい花の黄の花のいろ朱(あけ)の色稚拙なりにき四十年は
おそらくは力はいらぬ部分にて力を出しているのかしれず
納得などできるものかと卓上の光る柑橘と向き合いている
軽快にわれの賭けたる馬走る何を賭けしや金銭のほか
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と振り返る渡り来たりし念仏橋を
そこにあるそれが人生と思うまで翳る一木(いちぼく)昏(く)るる一塊
断念の後の心の平安に夕空はつねのごとく耀う
あなどられ帰り来にしがさしあたり飯食うわれは腹減りしゆえ
九州に帰り来よとぞ云いくるる落膽をいまは見抜き給いて ※膽=胆
数行に要約されし生涯を佳しとすながき感傷の後
挫折せし過程もいまははかなしと魚の腹を割きつつ思う
不甲斐なき男に添いてきし妻に歳月はいかに過ぎにけらしや
茎細く揺れいる冬の草花の可憐を甘やかしてはならぬ
夕光の冴えわたりたる雨後の街水溜りひょいと跨ぎつつゆく
人さまの見ている時にこの馬鹿な酔いたる足がたたらを踏みつ
われついにかの生きざまに及ばずと帰り来て髭を剃りつつ思う
何かまだ一つ位はいい事があるかも知れぬ死にきれませぬ
茫茫と三十六年過ぎにけり膝組みて歳旦の夜はおりにけり ※歳旦=元日
細君に叱られてうなじ垂れている石田比呂志君の午後の一刻
夕闇は水の面を覆いつつ群鳥の声低くくぐもる
初秋の四衢に至りて立ち惑う風の行方やわれの行方や ※四衢(しく)=四方に通ずる道路
どうにでもなってくれよという思い一本の木と昏れ残りたり
紅の莟ふふめる侘助の木の下ぐれの春の泥の雪
おしろい花の黄の花のいろ朱(あけ)の色稚拙なりにき四十年は
おそらくは力はいらぬ部分にて力を出しているのかしれず
納得などできるものかと卓上の光る柑橘と向き合いている
軽快にわれの賭けたる馬走る何を賭けしや金銭のほか
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と振り返る渡り来たりし念仏橋を
そこにあるそれが人生と思うまで翳る一木(いちぼく)昏(く)るる一塊
断念の後の心の平安に夕空はつねのごとく耀う
あなどられ帰り来にしがさしあたり飯食うわれは腹減りしゆえ
九州に帰り来よとぞ云いくるる落膽をいまは見抜き給いて ※膽=胆
数行に要約されし生涯を佳しとすながき感傷の後
挫折せし過程もいまははかなしと魚の腹を割きつつ思う
不甲斐なき男に添いてきし妻に歳月はいかに過ぎにけらしや
茎細く揺れいる冬の草花の可憐を甘やかしてはならぬ
◆蝉聲集
あこがれの時代(ときよ)は過ぎて喉くだる夜半一椀の酒苦きかな
文京区本駒込に今宵降るしくしくの雨は舗道を濡らす
帰りなむこころ九州に軟化して影もつ夜半の一顆又二顆
夏至の雨降りいるところてっせんの散り残りたるむらさきの花
電線にぶらさがりいる奴凧誰か人生を売ってくれぬか
金銭はおおよそに望み遂げしむを結論とせむまでの喧(さや)ぎぞ
時世には向かぬ男と蔑されつそうかも知れぬ妻も爾(しか)言う
移ろえる季節のいろの年年に過ぎゆくはやしつくつくほうし
南下するわれと北上する雨とすれ違うべし濃尾平野に
吾亦紅へだてて矮き椿の木に陽の添うみれば実は光りいる
かなしみはついに静かに至るべし薄明のなか淡き桔梗(きちこう) ※きちこう=「ききょう」の異称
魚屋に蟹を少少酒屋にてお酒を二合買いて帰りぬ
鬱然とありし一夏も過ぎむとし夾竹桃の緋ぞ揉まれおり
清酒(きよざけ)の五味のうちより甘(かん)除き酸辛渋苦の酒飲むわれは
恥ずかしきわれの所業を天井の月が覗いておるではないか
今日も又来ておるわいと思いながら酒飲む男の横に坐る
カーテンをだらんと垂らしお日さまに会わせる顔がないのである
悪しきわが心動くとき笑(えま)いたる何という明るさかこれは
考えて考えてせし行為(おこない)の賤しかりしよ眼前の雨
われはもと無一物なり一切は空なりと記しつつ泪出づ
世間から外れたような夕闇にひらくたんぽぽ四五輪がほど
しばしばも盃(はい)置きて戸(と)の雨を聞く怯(きよう)ならずや自ら堕するというは
長の子の故にわが性父に似るその晩年を負いて生きゆかな
鉛筆は鉛筆立にて立てりけり円錐の芯背水の陣
あこがれの時代(ときよ)は過ぎて喉くだる夜半一椀の酒苦きかな
文京区本駒込に今宵降るしくしくの雨は舗道を濡らす
帰りなむこころ九州に軟化して影もつ夜半の一顆又二顆
夏至の雨降りいるところてっせんの散り残りたるむらさきの花
電線にぶらさがりいる奴凧誰か人生を売ってくれぬか
金銭はおおよそに望み遂げしむを結論とせむまでの喧(さや)ぎぞ
時世には向かぬ男と蔑されつそうかも知れぬ妻も爾(しか)言う
移ろえる季節のいろの年年に過ぎゆくはやしつくつくほうし
南下するわれと北上する雨とすれ違うべし濃尾平野に
吾亦紅へだてて矮き椿の木に陽の添うみれば実は光りいる
かなしみはついに静かに至るべし薄明のなか淡き桔梗(きちこう) ※きちこう=「ききょう」の異称
魚屋に蟹を少少酒屋にてお酒を二合買いて帰りぬ
鬱然とありし一夏も過ぎむとし夾竹桃の緋ぞ揉まれおり
清酒(きよざけ)の五味のうちより甘(かん)除き酸辛渋苦の酒飲むわれは
恥ずかしきわれの所業を天井の月が覗いておるではないか
今日も又来ておるわいと思いながら酒飲む男の横に坐る
カーテンをだらんと垂らしお日さまに会わせる顔がないのである
悪しきわが心動くとき笑(えま)いたる何という明るさかこれは
考えて考えてせし行為(おこない)の賤しかりしよ眼前の雨
われはもと無一物なり一切は空なりと記しつつ泪出づ
世間から外れたような夕闇にひらくたんぽぽ四五輪がほど
しばしばも盃(はい)置きて戸(と)の雨を聞く怯(きよう)ならずや自ら堕するというは
長の子の故にわが性父に似るその晩年を負いて生きゆかな
鉛筆は鉛筆立にて立てりけり円錐の芯背水の陣