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my 見仏記48~唐招提寺

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唐招提寺
 薬師寺から歩いて唐招提寺へ。薬師寺は何度も訪れたのに、こちらへはいつ以来だったろう? 「鑑真和上坐像」の公開が毎年6月5日~7日に限られているので、この像が見られないなら行ってもしょうがないと思っていたからでしょう。今回、金堂に安置された盧舎那仏坐像と薬師如来立像、千手観音立像を拝観し、私の考えが誤っていたことに気づかされました。

 唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。
 多くの苦難の末、来日をはたされた鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部(にたべ)親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。
 「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでした。
 金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっています。(唐招提寺HPより)


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金堂

 国宝 奈良時代(8世紀後半) 寄棟造・本瓦葺
 南大門をくぐった正面にその荘厳な姿を見せる金堂は、8世紀後半の創建時の姿を残す代表的な建築物です。
 外観は、正面間口七間(中央間は約4.7m、両端へは次第に狭くなり、3.3m)、奥行き四間の寄棟造で、前面一間通りが吹き放ち、軒を支える組み物は三手先(みてさき)と呼ばれる形式で、その建立年代を示しています。
 堂内は、連子窓から取り入れられた柔らかな光に満たされ、中央に本尊・盧舎那仏坐像、右に薬師如来立像、左に千手観音立像(いずれも国宝)が並ぶ姿は、天平時代を彷彿させる厳かな雰囲気に包まれています。(唐招提寺HPより)


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盧舎那仏坐像(金堂)(唐招提寺HPより)

 国宝 奈良時代(8世紀) 脱活乾漆 漆箔
 金堂の本尊で高さは、3メートルを超え、光背の高さは、5.15mにもおよぶ巨像です。奈良時代に盛んに用いられた脱活乾漆造でその造形は雄大さとやわらかさを併せ持ち、唐代の仏像に通じる唐招提寺のご本尊にふさわしい仏像です。また、背後の光背の化仏の数は、864体ありますが、本来は1000体であったといわれています。(唐招提寺HPより)


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薬師如来立像(金堂)(唐招提寺HPより)

 国宝 平安時代(9世紀) 木心乾漆 漆箔
 本尊、盧舎那仏坐像の向かって右側に安置される立像で、高さ3.36mです。本尊、千手観音像にやや遅れる平安時代初期に完成したと考えられます。伏目がちな表情などから全体的に重厚な印象がある仏像です。
 昭和47年の修理の際に左手掌から3枚の古銭が見つかり、その年代からも平安初期の完成であることが明らかになっています。(唐招提寺HPより)


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千手観音立像(金堂)(唐招提寺HPより)

 国宝 奈良時代(8世紀) 木心乾漆 漆箔
 本尊、盧舎那仏坐像の向かって左側に安置される高さ5.36mの立像。大脇手42本、小脇手911本、合わせて953本の腕は、バランスよく配され不自然さを感じさせません。また、本来は1000本あったと考えられています。全体的にのびやかな印象と、すずし気な目鼻立ちが印象的です。(唐招提寺HPより)


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開山御廟(鑑真和上御廟)からの帰り。参道の両側は苔でおおわれており、「侘び・寂び」を感じました。

開山御廟
 境内の北東の奥まった静かな場所に位置する鑑真和上の墓所。同時期の高僧の中では唯一、1250年の永きに亘って、参拝する人が途絶えません。現在は御廟前に和上の故郷・揚州から贈られた瓊花(けいか)が植えられ、初夏にその可憐な花を咲かせます。(唐招提寺HPより)

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開山御廟・供養塔の周りにツツジが咲いていました。


◆グッズ・土産
・絵葉書「唐招提寺」

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