今日、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(85)を読み終えました。
この作品を読むのは4度目でしたが、今回読むきっかけとなったのはインターネットの『村上春樹新聞』の記事「ボブ・ディランがたくさんの唄を唄う『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に流れていた音楽」でした。この作品にはたくさんの音楽が登場しますが、「ボブ・ディランがたくさんの唄を唄う」という印象は無かったので、それを確かめること。そして、登場するディランの曲をもとにiTunesのプレイリストを作ることを目標に読み進めました。
◆ボブ・ディランの曲が初めて登場するのは529ページ(全618ページ)。以下、登場曲とiTunseプレイリストを示します。
[P529]
ウォッチング・ザ・リヴァー・フロー [P530]
ポジティヴ・フォース・ストリート [P532]
メンフィス・ブルーズ・アゲイン [P532]
ライク・ア・ローリング・ストーン [P612]
風に吹かれて [P613]
激しい雨 1 Watching The River Flow(“Greatest Hits Vol. 2”)
2 Positively Fourth Street(“Greatest Hits”)
3 Suck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again(“Blonde On Blonde”)
4 Like A Rolling Stone(“Highway 61 Revisited”)
5 Blowin' In The Wind(“The Freewheelin' Bob Dylan”)
6 A Hard Rain's A-Gonna Fall(“The Freewheelin' Bob Dylan”)
※“激しい雨”(Hard Rain)という1976年リリースのライブ・アルバムはありますが、‘激しい雨’という曲はないと思うので、6曲目は‘はげしい雨が降る’( A Hard Rain's A-Gonna Fall)にしました。
◆「ボブ・ディランがたくさんの唄を唄う」にしては、初登場が残り90ページの場面だし、6曲しかないなんてと思ってたら、前出の記事を読んでびっくり!
「ハードボイルド・ワンダーランド」の各章の始まりには、線で引いたようなイラストが載っているけれど、そのイラストを時計回りに90度回転させると、そこに「Bob Dylan」の名前を読むことができる。
下の写真を見ると「Bob Dylan ♪」と書いてあります。つまり、「ハードボイルド・ワンダーランド」の各章の始まりにはボブ・ディランの曲が流れてるってこと?!
◆この作品は、二つの物語がパラレル進行し、やがて一つの物語に統一されるという作者得意の手法で描かれています。『海辺のカフカ』(02)と『1Q84』(09)も同様です。この手法は読み手を飽きさせないし、特にこの作品の場合、二つの物語に静と動といった大きなコントラストがあるのでおもしろいと思います。
ちょっと恥ずかしいのですが、この作品の中で僕が特に心を引かれる人物は「ハードボイルド・ワンダーランド」に登場する図書館のリファレンスの女の子です。女の子といっても実際は29歳に立派な女性ですが。「私」と彼女が別れるシーンをとても切なく感じました。
◆【ストーリー】(加藤典洋編『イエローページ 村上春樹』(1996)より)
この小説は、よく知られているように「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つの部分からなっている。「ハードボイルド・ワンダーランド」の舞台は近未来の情報社会。自分の意識の核をブラックボックスとして使い、依頼された情報を管理する計算士という職業の「私」がそこでの主人公である。彼の属する組織は、情報を盗み出すことを仕事とする相手組織との間で激しい情報戦争を展開している。そんなさなか、彼はある依頼者の手でひょんなことから自分の意識の核を焼き切るプログラムをインプットされる。そのプログラムを解除すべく、彼は地上世界、地底世界を駆けめぐるが、プログラム解除の鍵を握る博士の研究室が敵に襲撃され、大切な資料がすべて持ち去られるにいたり、最後の望みも絶たれる。こうして、彼は自殺するか、生きながら意識の消滅を迎えるか、二つに一つの隘路に追い込まれる。
一方、「世界の終り」は、この「私」の意識の核で展開される話で、そこは「世界の終り」と呼ばれ、閉ざされた街になっている。僕は街のきまりに従い、街の門で自分の影を切り離され、記憶をすべて失い、街の住人となる。最初僕は、これは一時的な措置で、後に影は返ってくると思っている。しかし一度切り離された影は返されず、影は門のそばの廃材でできた粗末な部屋に隔離され、僕と会うこともかなわないまま、徐々に身体を衰えさせていく。また、影を奪われた僕の中でも、影を母体としていた心が少しずつ弱り、死んでいく。
この「世界の終り」のパートの話は、以後、この世界は弱い獣にさまざまな矛盾を押しつけて完全さを保っている虚偽の世界だから一緒にここから脱出しなければならない。と主張する影と、街に住む図書館の女の子にひかれ、この穏やかな矛盾のない世界に徐々になじんでいく僕との葛藤の形で進む。最後、僕は、やはりここにとどまろうと思うと影に言い、影と別れる。影は街の南のはずれのたまりから「世界の終り」の外へと抜けだし、僕は、心を取り戻しかけた女の子と街の外れにある、心を失いきれない人々の住む森へと向かう。