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西加奈子『炎上する君』を読みました。

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今日、西加奈子の短編集『炎上する君』を読み終えました。
先日、NHKテレビ「SWITCHインタビュー達人達(たち)」で椎名林檎と作家・西加奈子の対談を見ました。初対面だったそうですが、以前からお互いがお互いのファンだったということで、かなり熱いトークになっていました。
西のことは全く知りませんでしたが、椎名の西への傾倒ぶりを見て、僕も何か読んでみたくなりました。番組の中で又吉直樹が西についてコメントしていたので、彼の『第2図書係補佐』(作品紹介を通して、自身を語るエッセイ集)で取り上げていないかチェックしてみました。すると、この短編集を取り上げていたので、即購入しました。で、この本を手にしてビックリ。彼が巻末の解説を書いているではありませんか。
なお、西は第152回直木三十五賞(平成26年下半期)を『サラバ!』で受賞しています。

【収録作品】
太陽の上
 中華料理屋「太陽」の2、3階はアパートになっており、「あなた」はその3階に住んでいます。そして、3年前から外に出るのをやめ、いわゆる「ひきこもり」状態にあります。
 なぜ、ひきこもりになってしまったのか? 語り手は「人生はこういった小さな選択の連続、無意識で行っているように見えることでも、大脳が一瞬にして判断を下しているのであり、その労力ははかりしれない。あなたは、それに疲れたのだ」と述べ、ひきこもりのきっかけを朝着て行く洋服の選択だったとしています。
 部屋は母の胎内で、「あなたは」は胎児(又吉直樹の解説より)。やがて、「あなた」に再び胎内を出て生まれ直すときがやってきます。

空を待つ
 拾った携帯電話に「あっちゃん」からメールが届きます。私は好奇心からそのメールに返信しますが、やがて「あっちゃん」とのメールのやり取りは私の心に大きな変化をもたらします。他者に対して心を閉ざしていた私は、他者とのつながりを求めるようになります。以下、私の心の変化が分かる部分を引用します。
 打ち合わせは、いつも新宿と決めている。人が多いから好きだ。すれ違う人すれ違う人の顔をじっと見続けて、思考に完全に蓋をしてしまう。そうなるとこっちのもので、ぶつかろうが、舌打ちをされようが、相手を木や石のように思えるようになる。
 私は今、完全にひとりで、ひとりぼっちで、世界を泳いでいる。そんな気になる。
 その思いは、部屋にいるときより、ずっと強く、深い(P36)

 編集者と別れて、新宿の街を歩いた。
 人がたくさんいたが、それは私を平穏にさせてくれなかった。いつものように、自分の感情に蓋をすることが、どうしても出来なかった。
 西の空が、息を呑むほど、綺麗だったのだ。
 青、薄い紫、すみれ色、そして、縁取りをするように引かれた橙色の線。
 私はしばらく、歩道橋の上から、西の空を見つめていた。
 深夜の徘徊では、昼間の打ち合わせでは、見つけられないものがある。私は、誰もいない自分の部屋を思って、少し泣いた。こんなところにはいられない、と思った。こんな、知らない人ばかりの、無関心な人たちばかりの場所にはいられない。感情に蓋をして、すれ違う人を木のように眺めて、ひとりぼっちで世界を泳いで。ひとりぼっちで。私は、ひとりでいたくなかった。(P45-46)
 「あっちゃん」とは誰だったのか? 「あっちゃん」は私だったのだと思います。

甘い果実
 作家志望の「私」は、現役の作家として活躍する山崎ナオコーラ(同名の作家が実在します)に対し、愛憎入り交じった感情を抱いています。
 「私」は、帰宅の電車に乗り込みながら自問します。
 ナオコーラは、今の私みたいに、こんな気持ちで、電車に乗ることはあっただろうか。
 自分が、誰からも必要とされてなくて、そればかりか邪魔かもしれなくて、未来が見えなくて、不安で、泣きそうな気持ちで、つり革を?拙んでいたことは、あるのだろうか。
 すると、ナオコーラが閉まりかけた扉の向こうに立って、「あります、よう。」と答えます。しかも、鉄道職員の緑色の制服を着て。
 現実と空想が錯綜する物語は、ラストのサイン会でも読者をアッと言わせます。映像にしたら、さらにおもしろいでしょう。

炎上する君
 浜中と「私」は高校時代からの親友で、ともに独身。二人ともまあまあの大学を卒業し、それぞれ証券会社と銀行に勤務しています。浜中は32歳になった今でも、高校時代と変わらない真ん中分けのお下げ髪をしており、「私」も同様にびっしりと切りそろえたおかっぱ頭です。そんな二人の話題はいつも「足が炎上している男」の話になります。
 やがて、二人は「足が炎上している男」に出会い、二人の足も炎上し始めます。そして、二人ともそれまで嫌っていた「女性的な行為」をするようになります。二人とも「足が炎上している男」に恋してしまったのです。
 「足が炎上している男」は何のメタファーか? なんて考えるべきじゃない。ただ、ウィットに富んだ文章を味わえばいい、と思います。ところで、「私」の髪型といい、二人で結成したバンド名「大東亜戦争」といい、椎名林檎へのオマージュなのでしょうか?

トロフィーワイフ
 「トロフィーワイフ」って何? それは78歳になるひさ江の人生そのものを表す言葉です。その答えはひさ江と24歳の孫・枝里子との会話の中にちりばめられていきます。この作品はそのまま短編映画にすると素敵だと思います。

私のお尻
 私は「お尻」専門のパーツモデル。私は器量が良くなかったが、パーツモデルをすることで、自分に自信を持つことが出来るようになった。しかし、私は「私のお尻が、私という実体を超えて、皆に愛されていることに、嫉妬のような愛憎のような、奇妙な感情」を覚えはじめます。
 そんな時、男がやって来て、私に話しかけます。「あなたご自身の中で、少し、遠くに置いておきたいもの、はないですか。」
 フジテレビ「世にも奇妙な物語」的な作品です。

舟の街
 ある日、あなたは徹底的に参ってしまいます。3年間付き合った彼があなたを捨て、「ふわふわとした栗色の巻髪、背が小さくて唇がぷっくら、大きな目が潤んでいておっぱいの大きい」あなたの親友のもとに去ってしまったからです。
 あなたは思い立って、舟の街に向かいます。ここからは「私のお尻」と同様、「世にも奇妙な物語」の世界です。 

ある風船の落下
 「風船病」は、溜め込んだストレスがガスとなり、体を膨張させる奇病。TERM1は体が膨らむ状態。TERM2は体が浮遊しているが、2センチほどの高さを保っている状態。TERM3は2センチの浮遊をやめ、宙に浮き出す状態。TERM4はSHOOT、空の彼方に消えてしまう。
 私の体が浮き始めたのは、4月の半ば。この作品も「世にも奇妙な物語」的な展開が待っています。


最後に、又吉直樹「解説」の結びの文章を引用しておきます。
 僕らが住む世界は非常に面倒だ。どのような楽しい物語を読んでいても、その裏にあるきな臭い現実は容易に想像できてしまう。しかし、この物語達は現実から逃れず、真っ向から対峙し生きることを肯定してくれる人間賛歌だ。
 現実も常識も審美眼も脳髄も肉体も明日の予定も全て棄てて、この物語達に感情だけで寄り添ってみようと思った。無遠慮な笑い、深い哀愁に支配され、物語の美しい帰結に涙し、温かい気持ちに溺れる自分を束の間許そうと思った。そのように思える本と出会えたのは本当に幸運だ。この本は、僕の苦悩を燃やしてくれた。
 『炎上する君』以降に発表された西作品も全てそうだ。必ず生きることを肯定してくれた。『白いしるし』も『円卓』も『漁港の肉子ちゃん』も『地下の鳩』も『ふくわらい』もそうだ。恐らく次も、次も、次も、ずっとそうだ。
 絶望するな。僕達には西加奈子がいる。

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