今日、穂村弘の第二歌集『ドライ ドライ アイス』(1992)を読み終えました。
以下、一読して気になった歌を引用します。
以下、一読して気になった歌を引用します。
「ノー・ホイッスル」より
朝の鳥がさえずる前に胸をひらけシャツのボタンをすべて飛ばして
シャボンまみれの猫が逃げだす午下がり永遠なんてどこにも無いさ
「タイヤにもシャンプー頼む」「天国の門にならびにゆくつもりかい?」
ガードレール跨いだままのくちづけは星が瞬くすきを狙って
キスに眼を閉じないなんてまさかおまえ天使に魂を売ったのか?
夜のテトラポッドを跳べば「口のなか切っているでしょ? 血の味がした」
水銀灯ひとつひとつに一羽づつ鳥が眠っている夜明け前
眼をとじて耳をふさいで金星がどれだかわかったら舌で指せ
「いちばん速い鳥より速く」より
水たまりに漏れたオイルが描きだす三色だけの虹を跨いで
すり抜けろ 巨大な夜のフクロウの爪にかかった事故車(やつら)の横を
「月にいるのは兎? サーカス逃げだした空中ぶらんこ乗りの兄妹?」
ワイパーでフロントガラスに塗りたくる水滴に映る灯のすべて
明日晴れたら動物園へ出かけよう虎がおしっこするとこを見に
チューニング混じるラジオが助手席で眠るおまえにみせる波の夢
金曜日 キスの途中で眼を開けて「巣からこぼれた雛は飛べるの?」
「夏時間」より
風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり
サイダーは喉が痛くて飲めないと飛行機が生む雲を見上げて
校庭の地ならし用のローラーに座れば世界中が夕焼け
「フレミングの左手の法則憶えてる?」「キスする前にまず手を握れ」
ラムネ工場で仔猫を見失ったとき入道雲の拍手を浴びる
金色の蝙蝠だけが知っているはずの秘密をどうして君が?
鉄棒の上に座って口喧嘩 くるんとぶら下がって口づけ
ジェット機が雲生むまひる愛のかわりに潜水で股間をくぐれ
「歯磨きハノン」より
ボンネットを流れる雲よ 首都高の回数券でキスも買えそう
靴の紐結ぶおまえの両肩を入道雲がつかんでいたよ
天使にはできないことをした後で音を重ねて引くプルリング
「人類の恋愛史上かつてないほどダーティーな反則じゃない?」
「クライ・オーバー・スピルト・ミルク」より
もうひとつKiss おもいだせ朝の星がそらにとけてゆくそのスピードを
毛布を剥いでも目醒めない弓を引くロビンフッドの姿勢のままで
目が醒めたとたんに笑う熱帯魚なみのIQ誇るおまえは
鳩を追いかけ回したり声あげて泣いてもいいのは五才までだぞ
「神は死んだニーチェも死んだ髭をとったサンタクロースはパパだったんだ」
「聖夜」より
「その甘い考え好きよほらみてよ今夜の月はものすごいでぶ」
お遊戯がおぼえられない君のため瞬くだけでいい星の役
「逆回転木馬」より
恋をするかわりにゆこう巣のなかにつばめが集めた裳のを覗きに
夕映えの砂場に埋めた最愛の僕のロボットの両手はドリル
眼を閉じて噴水塔にイニシャルを刻めばふたり永遠にともだち
「影踏みは月夜の遊び? 月の下で影を踏まれた人どうなるの?」
「心臓賭博」より
飛ばされて帽子は海へ 今朝はもうおまえの心などみたくない
胸に掌の形の汗をブラインドに切り刻まれたひかりのなかで
忘れたいことを忘れろアルファベットクッキー池のアヒルに投げて
尻にあるネジさえ巻けばシンバルを失くした猿も掌を打ち鳴らす
床に転がり落ちて眠ろう花時計荒し尽くしたモグラのように
一瞬で忘れる痛み手の中に金貨を模したチョコは剥きかけ
心臓を賭けてもいいよ誰だって浮き輪になんか立てっこないさ
愚か者・オブ・ザ・イヤーに輝いた俺の帽子が飛ばされて 海へ