Quantcast
Channel: my photo diary
Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

久々湊盈子歌集『鬼龍子』を読みました。

$
0
0
イメージ 1

今日、久々湊盈子(くくみなとえいこ)の第七歌集『鬼龍子』(07)を読み終えました。
タイトルの「鬼龍子」(きりゅうし)について、「あとがき」の一部を引用します。
 鬼龍子をはじめてみたのはもう二十年近く前のこと。茨城への小旅行の帰りに立ち寄った水戸の弘道館の一隅であった。庭には蠟梅が咲いていたから、早春のまだ寒い日であったと記憶する。ガラスのケースの中になんとも妙な一対の動物が前足を揃えたかたちで置かれていた。説明書きが付いていたかもしれないが、その動物の置物が、というより「鬼龍子」という名前がわたしはとても気に入って帰ってから早速にに調べてみた。広辞苑によると「中国・朝鮮建築の降棟(くだりむね)に立てた、龍の子を模した瓦製の怪獣。走獣」とある。
(中略)
 御茶ノ水駅から歩いて数分のところに湯島聖堂がある。夫の実家が神田明神のすぐ近くにあったからわたしにとっては馴染みの深い界隈なのだが、その聖堂の大成殿、緑青のふた銅版屋根の流れ屋根の四隅に鬼龍子は鎮座していたのだった。斯文会から出ている図版によると、「形態は狛犬に似た姿で、顔は猫科の動物に似ており、牙を剥き、腹には鱗があり蛇腹・龍腹」となっている。これは想像上の霊獣で、孔子のような聖人の徳に感じて現れるのだという。この鬼龍子の面構えのよさ、特に湯島聖堂のそれは肩を怒らせて今にも飛び掛からんばかりに見え、孤立とか孤高といった風情がなんとも忘れがたくていつかは歌集のタイトルになってもらおう、と執着してきた。

以下、一読して気になった歌を引用します。

 渡来種の大きザクロがざっくりと口開けており嬉しくもなし
 フルボディのワイン揺らしているうちにかけがえのなき若さも失せつ
 ひと生(よ)思えば不覚いくたびイイギリの真っ赤な房が秋の日に照る
 もう戻ることなき若さ背後から蹴りあぐるごと百舌が高鳴く
 死を誘うほどの快楽(けらく)にまだ遇わず櫨の紅葉は芯から赤い

 雨後の垣根にさざんか白しふるさとに七人家族でありしよ昔
 秋深み立ちなおりゆくつわぶきの折目ただしき緑を好む
 関東に住まいするまで知らざりし榠樝(かりん)という実のいびつな黄色
 世を拗ねてごつごつ肩を怒らせる依怙地な榠樝に鋭刃(とば)を入れたり
 一茎の白菊にもおよばぬこころざししぐれて天下は秋となるらし

 書きさしてすすまぬ手紙 ひい、ふう、み、垣のさざんか初花ひらく
 四国三郎見下ろして立つわが友の墓辺の草も紅葉せるころ
 ふたごころなしとは言わず渋柿に焼酎かけてしっかりくるむ
 眠り来よ眠り来よとぞ待つうちは眠り来ず八手を打つ雨の音
 手びねりの志野碗に盛る赤かぶら天地いっせいに冬となる夜

 ワトソン博士が緻密にメモせし物語風邪熱の子をひと日慰む
 寒風の辻に立ちいる自販機に熱きスープあり蠱惑(こわく)の小豆汁粉あり
 遠方に地震(ない)ありし日や公園のオカリナ日暮れてまだ聞こえくる
 泥田より片足を抜きながきながき思索に入りぬ冬の青鷺
 憂鬱とすらすら書けし頃過ぎて老いというユウウツに入りゆくなり

 否定語ばかり並べてた頃かぎりあるひと生(よ)のうちの青き十年
 「狂ってますね」慇懃に言い裏ぶたを開けられてゆくわが古時計
 いずれ一壺に納まるいのち目を細め鮟肝などをほれぼれと食う
 昔から温湯温燗(ぬるゆぬるかん)きらいにて手組みの帯締めきしきし結ぶ
 山茶花の花の遅さは情の濃さほつりほつりと葉陰にともる

 たとえようもなき悲哀が向こうからやってきてがんじがらめなり 雪の朝なり
 くれないの芍薬の芽の直情を三月の気ままな風がなぶれる
 二十万の戦没死者の碑を前に想像力がまだ追いつかぬ
 かんたんにわかってはいけない暗闇を出ずるなく自決を選びしこころ
 琉球ガラスの濃藍に残る気泡にも閉じ込められし時間が見ゆる

 風景は遠くより風を運びきてわれを揺さぶる 若夏(うりずん)という
 紅を地に捨てやまぬ山茶花の長き花季すこし疎まし
 気丈な友の気丈なメール目に痛し「膵臓に転移す」いと簡潔に
 息子の家、娘の家というがあり家族にて家族にあらざる距離に
 びび、びび、と真夜のメールに新しき命来たりぬ「母子とも健康」

 知力身力おとろえやすき夏ふけの軒に下がりて糸瓜ふとぶと
 言葉には言葉の匂いとりわけて人を恋しと書く夏の夜は
 のうぜんかずら朱くなだれて夏の日の記憶の中ゆく母のパラソル
 へきえきと夏をおりしが紫の花序あたらしき葛が咲きだす
 言い難きことは言わねばならぬこと積乱雲がみるみる育つ

 雨にふとり陽に太りして苦瓜の下がるは夏のまなこに嬉し
 鳩尾のぞよよぞよよとする気配ややにおさまり還暦となる
 濃紫の花菖蒲咲く泥の田を好みて生い立つわけもあるべし
 判断につまりしときは阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみやくさんぼだい)と三度唱えよ
 まかりでて最後の向上申すべくつくつく法師殻を脱ぎたり

 さびしさに理由などなしつわぶきに足長蜂がまつわるばかり
 ご法度となりし焚火をしてみたし煙は美女が好きよと言いて
 うちそともなき干物となりて浜風に真蛸千枚ひるがえる昼
 「また明日」少女が手を振るさざんかの小道にたしかに明日は来るか
 列島まるごと冷え緊まる夜ひしひしと迫るは寒気のみにてあらず

 ランゲルハンス島衰えし彼奴に愛こめて未必の故意なる旨酒贈る
 時間をつぶすという贅沢をせりひさびさに日比谷公園噴水のまえ
 落葉松を見にゆく約束そのままに死んでしまいし薄情なやつ
 死にゆくはみな他者にして悔やみ文このごろうまくなりたり さびし
 平盆に伊右衛門、みかん、クラッカーきょうは不貞寝と決めし枕辺

 ささくれが痛くてならず人間は指一本で不幸になれる
 心変わりなどせぬから去(い)ねと一言主神社の樟に諭されてくる
 槻の木の秀枝(ほつえ)がしだいに力得て空を掴めば春が来るなり
 望むなら食われてやらん鬼龍子の長き孤独にまた会いに来つ
 郁子(むべ)、木通(あけび)、苦瓜、糸瓜、蔓ばかり伸びて今年の梅雨長っ尻

 ほんとうに愛していればアイシテルなんて言わないつわぶきの花
 セルロイドの風車ほしくて泣きし日よ風吹く春の村の祭りに
 花言葉は「気立てのいい娘(こ)」という桃が開きそめたり苑の陽だまり
 ちいよちいよ恋の季節の鳥ふたつこんもり八重の椿の葉かげ
 叶うならキリン飼いたしわれに見えぬ明日を眺めて鳴かず動ぜず

 いつわりのなき勢いに伸びあがる入道雲の真白きちから
 月桃(げつとう)もデイゴも終りしんとせるどの細道も海へゆくみち
 人忘れ愁い忘れて碧瑠璃の海にひとつぶの身を浮かべたり
 苧麻(ちよま)白地経緯絣(たてよこかすり)八重山の夏陽に晒す布やわらかし
 老いというやっかいなもの近くなり夏くればみんなみの海を恋おしむ


Viewing all articles
Browse latest Browse all 681

Trending Articles