今日、藤澤清造(1889-1932)の『根津権現裏』(1922)を読み終えました。
藤澤清造は‘忘れられた作家’の代表格だそうですが、彼の没後弟子を自称する西村賢太(2010年、『苦役列車』で第144回芥川賞受賞)の尽力により、再び日の目を見ることになりました。
藤澤を語る時には‘無名’‘貧困’‘野垂れ死に’といったキーワードが使われるそうですが、実際彼は東京・芝公園の六角堂内で凍死体となって発見されています(1932.1.29)。そんな彼の代表作がこの作品です。
藤澤清造は‘忘れられた作家’の代表格だそうですが、彼の没後弟子を自称する西村賢太(2010年、『苦役列車』で第144回芥川賞受賞)の尽力により、再び日の目を見ることになりました。
藤澤を語る時には‘無名’‘貧困’‘野垂れ死に’といったキーワードが使われるそうですが、実際彼は東京・芝公園の六角堂内で凍死体となって発見されています(1932.1.29)。そんな彼の代表作がこの作品です。
【作品概要】(ブックカバー裏の解説文を引用)
根津権現近くの下宿に住まう雑誌記者の私は、恋人も出来ず、長患いの骨髄炎を治す金もない自らの不遇に、恨みを募らす毎日だ。そんな私に届いた同郷の友人岡田徳次郎急死の報。互いの困窮を知る岡田は、念願かない女中との交際を始めたばかりだったのだが――。貧困に自由を奪われる、大正期の上京青年の夢と失墜を描く、短くも凄絶な生涯を送った私小説家の代表作。
◆読みづらい、あるいは読めない漢字が結構あります。また、意味のわからない言葉も多く出てきます。終始、貧困や病気のことが語られます。350ページ近くあります。でも、途中で倦むことなく、最後まで楽しめました。
「一夜の中(うち)に秋が押しよせてでもきたよう」なある日の午後から、「上野の鐘が静に鳴りだしてきた」翌朝までの間に物語は展開します。―めいてきたので、私は袷(裏の付いている着物)を借りに友人を訪ねます。¬榲が叶わず帰宅すると、私は友人岡田の死の知らせに接します。ここで、岡田に関する回想シーンが展開します。2田の下宿を訪ねた私は、岡田の兄と岡田の自殺の原因について話します。ここでまた、岡田に関する回想シーン。
現在→過去、現在→過去、‥‥‥。この手法が、読者をして先へ先へと読み進めさせます。
◆私が、岡田の自殺の原因を確信するシーン。印象的なので引用します。
もう此処まできて考えてみると、私が今の今まで、それとばかり思いこんでいたように、岡田は決して、対宮部の事件の為に自裁したのではない。彼が縊死(いし)する前に、もう彼の精神に異常をきたしていたのも、それは決して、彼が年来の宿疾のせいでもない。一に其のきたる所以、根ざすところは、皆これ彼が貧乏だったからだ。だから、其の点から云えば、彼は飽くまで自殺したのではなく、まさしく彼は貧乏の手にかかって、敢えなくも殺されていったのだ。
「一夜の中(うち)に秋が押しよせてでもきたよう」なある日の午後から、「上野の鐘が静に鳴りだしてきた」翌朝までの間に物語は展開します。―めいてきたので、私は袷(裏の付いている着物)を借りに友人を訪ねます。¬榲が叶わず帰宅すると、私は友人岡田の死の知らせに接します。ここで、岡田に関する回想シーンが展開します。2田の下宿を訪ねた私は、岡田の兄と岡田の自殺の原因について話します。ここでまた、岡田に関する回想シーン。
現在→過去、現在→過去、‥‥‥。この手法が、読者をして先へ先へと読み進めさせます。
◆私が、岡田の自殺の原因を確信するシーン。印象的なので引用します。
もう此処まできて考えてみると、私が今の今まで、それとばかり思いこんでいたように、岡田は決して、対宮部の事件の為に自裁したのではない。彼が縊死(いし)する前に、もう彼の精神に異常をきたしていたのも、それは決して、彼が年来の宿疾のせいでもない。一に其のきたる所以、根ざすところは、皆これ彼が貧乏だったからだ。だから、其の点から云えば、彼は飽くまで自殺したのではなく、まさしく彼は貧乏の手にかかって、敢えなくも殺されていったのだ。