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俵万智『オレがマリオ』を読みました。

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今日、俵万智の第5歌集『オレがマリオだ』(2013.11)を読みました。
この歌集には、第4歌集『プーさんの鼻』(2005)以降、現在(2013)に至る、足かけ9年間の作品341首が収録されています。この間、東日本大震災があり、当時仙台に住んでいた彼女は息子を連れて石垣島に移り住みました。震災発生当時、福島第一原発事故による放射能被害を恐れて避難した人は多くいましたが、遙か彼方の南の島に逃げるという彼女のとった行動はどうだったのか? 彼女の行動に批判的だった人もいたと思いますが、その辺の事情を彼女は「あとがき」で以下のように述べています。
 2011年3月11日、私は東京の新聞社の会議室にいた。冒頭の「ゆでたまご」は、そこから始まっている。両親と息子のいる仙台に帰ることができたのは、四日後だった。余震と原発事故が落ち着くまでと思い、翌朝、息子の手をひいて西へ向かった。紆余曲折ののち、縁あって今は、沖縄の石垣島に住んでいる。豊かな自然のなかで遊びほうけている息子を見ると、私は何かを失ったのではない、大切な場所を一つ増やしたのだ、と思えてくる。
俵万智=「恋の歌」という印象でしたが、母親になり「子どもの歌」を詠むようになりました。そして、石垣島に移ってからは「日常のなかに自然が入ってきたぶん」(「あとがき」)「自然詠」が増えたといいます。彼女の歌人としての幅を広げた分、石垣島移住はよかったのだと思います。
なお、この歌集は東日本大震災の後(機砲帆亜吻供砲2部構成になっています。一読し、心に残った歌を引用します。
 機Э椋劼ら現在に至るまでの作品
 供第4歌集『プーさんの鼻』以降から震災前までの作品


【機
「ゆでたまご」
  「震度7!」「号外出ます!」新聞社あらがいがたく活気づくなり
  「電信柱抜けそうなほど揺れていた」震度7とはそういうことか
  ありふれた心が後ろめたくなる花をきれいと思うことさえ
  ゆきずりの人に貰いしゆでたまご子よ忘れるなそのゆでたまご
  簡単に安心させてくれぬゆえ水野解説委員信じる
  子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え

「島に来て」
  島に来てひと月たてば男の子アカショウビンの声聞きわける
  のらくじゃくナオーンナオーンと鳴く夜をぎゅっと何かに抱かれて眠る
  オオカミのごとき台風襲いきて子豚マンションのドアをたたけり
  子を守る小さき虫の親あれば今の私はこれだと思う
  梅雨明けて吹く南風ひたすらな海に逆白波の立つ見ゆ

「オレがマリオ」
  旅人の目のあるうちに見ておかん朝ごと変わる海の青あお
  「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ
  島バナナねっとり甘き香を放ちそわそわと蟻が蟻を呼ぶなり
  子は眠るカンムリワシを見たことを今日一日の勲章として
  買ってきたものなき今日の夕飯にミジュン唐揚げパパイヤサラダ
  ブローチのようにヤモリの留まりいてまたかと思うだけの八月
  同い年の女に四人の孫がいて島の泡盛飲みながら聞く
  冷蔵庫にオリオンビールある日々を悪くないさと過ぎる四十代
  晴れた日は「きいやま商店」聞きながらシャツを干すなり海に向かって
  沖縄のヒーロー琉神マブヤーは敵を倒さず「許す」と言えり

「モズクの森」
  助けられてここまで来たよ島ぞうりの鼻緒のかたち人という文字
  空の青たりぬ寂しさ 地に落ちたデイゴの花の赤を踏みゆく
  三月の海の青さよ十日でも十一日でも十二日でも
  わけのわからぬ虫に刺されてせめて名を知りたいと思う心のうごき
  人の子を呼び捨てにして可愛がる島の緑に注ぐスコール
  みとれるは見惚れると書く 上腕筋ふるわせながら鳴る島太鼓
  オヒルギの花ぼとぼとと落ちる午後 無言の川をカヤックで行く
  また海にモズクを探す季節きて一年たったか、そうか一年
  子の心はかりかねたる日曜日オオタニワタリ天ぷらにする

「海上の鳥」
  海上を巨大な鳥の這うごとし風に流れてゆく雲の影
  窓を開ければ野にさらされているような風吹き抜ける島の七月
  台風はひゅうびゅうと来てマンションを小さな笛のごとく鳴らせり
  ベランダから君が写真を撮りし海その日の青に染まる心は
  島人の早店じまい台風は来るものであり去るものだから

「見せたい虹」
  虹が出れば君に見せたい虹となる「お元気ですか」と送る写メール
  聞きたくて聞けないことはそのままにシシトウ天ぷら追加で頼む
  垂直の雨を水平に押してゆく風あり遙かな水のカーテン

「弓張り月」
  玉子かけごはん食べつつ不発弾の記事を読みおり霜月の朝
  海鳴りのように歌えり子を五人畑で産みし宮古のおばあ

「風と遊ぶ」
  人生はあとどれくらい 横風に耐えて飛行機着陸態勢
  入り海にウロコのごとき波立ちて風やや強き今朝と知るなり

「パパイヤの種」
  ストローがざくざく落ちてくるようだ島を濡らしてゆく通り雨
  風求め窓を開ければ入りくるクジャクの声やヒキガエルの声

【供
「蝉のいた夏」
  抱っことは抱きあうことか子の肩に顔うずめ子の匂いかぐとき
  割れながら命を闇へ押しだせり蝉の抜け殻は蝉の母親
  「おかあさんきょうはぼーるがつめたいね」小さいおまえの手が触る秋
  クレヨンの線どこまでも伸びておりこの放埒を忘れて久し
  「きらい」とか「すきくない」とか「にがて」とかピーマンが子の語彙を増やせり
  初めてのおんぶするなりクリスマス「背中で抱っこして」と言われて
  訃報欄に父より若き人の死を見ること多し冬の朝刊
  記憶にはなき父の顔 シャボン玉吹き続けおり孫と競いて

「東京タワー」
  佃煮の由来となりしこの島に朝は醤油の匂いたなびく
  さようなら我に景色をくれた窓 桜と船と永代橋と
  山上に立つテレビ塔かがやけば東京タワーと子は喜べり

「さざやかな風」
  「さざやかな風」と言い張るおさなごと甲板にいる、さざやかな風

「夢の木の実」
  ドラえもんのいないのび太と思うとき贈りたし君に夢の木の実を
  連休に来る遊園地 子を持てば典型を生きることの増えゆく
  写真にはおまえ一人が写りおり五月の空から生まれたように
  園バスに流行りの言葉満ちる秋「おっぱっぴー」と子が降りてくる
  振り向かぬ子を見送れり振り向いたときに振る手を用意しながら

「百合の食卓」
  ともに見しワールドカップは四年いや八年前のオーキッドバー
  死を悼む文章をさえ推敲し百合の花匂いすぎる食卓
  いのちとは心が感じるものだからいつでも会えるあなたに会える

「愛よりも」
  「逡巡」とは10のマイナス14乗 窓辺に君が見せる逡巡
  愛よりもいくぶん確かなものとしてカモメに投げるかっぱえびせん
  湯あがりのビールのように抱きあえり女男(めお)なれば他にありようもなく
  金華山の炙りしめ鯖とり分けて旅の終わりの浦霞かな
  かすれゆく君の横顔「逢いたい」は逢えないという意味しか持たず

「叔父叔父」
  「父の日の参観日には行くから」と言ってくれたじゃないの、おじおじ
  自らが選びし遺影まだ何か言いたそうなり青いシャツ着て

「監視カメラ」
  遊園地 どこにも行けぬ乗り物を乗り継いでゆく春の一日
  川べりの道を散歩に選ぶ午後 風が笑えば水面も笑う
  エレベーター八階ぶんの口づけを監視カメラに残す新宿

「星のクイズ」
  落書きがアートしている秋の午後 工事現場の時間を止めて


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