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『佐佐木幸綱歌集』を読みました。

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今日、『佐佐木幸綱歌集』を読み終えました。
この歌集には、佐佐木幸綱の第九歌集「アニマ」全篇と、彼の初期作品及び第一~第八歌集、第十~第十四歌集から抄出した300首が収録されています。以下、一読して気になった歌を引用します。


「アニマ」(第九歌集・1999)
  潮の香の濃くなる二階大鯨小鯨煌々と大小の鼾
  死にそびれたるわれわれは人の死に一日かけて集い散るなり
  記号的現実として〈私〉は意味から逃げて蝶を追う鰐
  お前の耳にさわりて居れば山の骨鳴らし降りくる櫟、橿、山毛欅
  鮎おどれる串手(た)づかむと利根川の川辺に停める青きインテグラ

  満月の四十階のバーに飲む酔ってまだ飲むドライマティーニ
  学生に学生時代問われ居りいいちこの瓶倒して立てて
  研究室に酒飲みおればサンシャインビルにしくしく明かりが点る
  平和公園の桜満開、朝のベンチにホームレスフランスパンを分けあう
  大鳥居残して逃げて行く潮のむかしむかしの男と女

  白磁の皿に選ばれてこのほのかなる紫陽花の菓子小さき影おく
  坂の反りあらわに見せて春早きローマの月のぽってりと浮く
  人生は行く川なりや、現身を海にはこぶと川に入りしや
  満開のひとを抱きとめ花を脱ぐからだを蠟燭の灯に浮かしたり
  水族館に入れば耳より溶けはじめきみが見えなくなる蛸の前

  わたくしに滑り込むがにいまわれは脆き関係の橋わたるなり
  行為するからだ海峡に吊られつつ無音の闇に透く潜水艦(サブマリン)
  ペリカンを抱きどこへゆく喜劇的悲劇は愛の海にはじまるか
  地球の音一切消えてオレンジの木星浮けり部屋いっぱいに
  君の内部の青き桜ももろともに抱きしめにけり桜の森に

  鳥発ちて余白となりし水面を見おろして居りわれは裸で
  月わたる夜を思えば袋田の瀧双つ瀧赤くなりたし
  田楽を食いつつ見居り真上から眼をほそめ見る夕日の紅葉
  単線の曲がれる手前あらあらと実を振り揺らす柿の木ひとり
  うちなびく春の美人は欲情す羽ふるわせて雲雀のごとし

  あおい木を透かせば見ゆるあお空をゴッホのいろと子に教えけり
  風吹けばがらんどうの私がらんどうの地球、二千年の短かさよ
  山場なき人生なれど死へつなぐ身体(からだ)と心こころとことば
  退屈の向こうにつづく無意味さえ見えつつ煙草のけむり吐き居き
  トーマス・パー爺さんのウイスキーくちびるあかき君とし飲めり

  人生は嘘かと思う、ライン川水上を来る緋の日傘かな
  アニミズムのこころで仰ぐ大風車まことかも二百歳こえたりときく
  教師をやめて百姓になろう青き蔬菜の毬白楊(ドロ)の木の春の閃きよ
  大いなる柳に夕日、ベンガルのタゴールの詩の風わたる見き
  バングラディシュ・ダッカの町の雑踏にひらひらと月、わたしにも月

  舟を曳く綱引きかつぎ岸を行く生涯があり見つめやまざりき
  満開の桜ずずんと四股を踏み、われは古代の王として立つ
  頭上の森ざわめき、やがて笑殺せよ笑殺せよと声降らすなり
  大言壮語する者なくてさびしさびし燗熱くせよ辛口の酒
  学生時代の牧水書簡、ついの日にさかのぼるごとく君は生きしよ

  目覚めたる白梅(しらうめ)の花かなしまんすぎにし人は来じと思えば
  ニヒリズムの媚薬とわれらいいつのり昨日ひれ酒うまかりしかな
  悪党の顔といわれてわらいしは七十年だったか、雪降り居たり
  ぬばたまの夜霧うすれて塔の上に仏頂面の月が微笑む
  闇に霧巻けるがごとし、青空をかきまぜて花盛りの林檎

  小さき芽を張りそめしナーポリの葡萄の木いまだ眠そうに整列せり
  見下ろせばかすめるサンタ・ルチア港喰いかけのトマト突き出して指す
  つぐみの声聞きつつ行けばポンペイの春の日ざしがつくる濃き影
  黒犬が影つれてきて石柱を過ぎ石門を出でゆきにけり
  見おろせば朝靄に浮く橋の灯よ動くともなしナイルの水は

  オシリスの神走りゆき炎天下大アフリカの砂のしずけさ
  四千年飛ばずうごかず、炎天下大き石の神立ちたまいたり
  デザートの西瓜食いつつ語るらく雪知らざりし王とその王妃

【佐佐木幸綱作品抄】(谷岡亜紀編)
《初期作品》
  サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝(なれ)を愛する理由はいらず
  広い額に落ちる髪かきあげる癖をもつ君いつまでもその癖を持て
  美しい少女一人を好きになり夏の一日の疲労鮮(あたら)し

「群黎」(第一歌集・1970)
  ハイパントあげ走りゆく吾の前青きジャージーの敵いるばかり
  サンド・バッグに力はすべてたたきつけ疲れたり明日のために眠らん

「直立せよ一行の詩」(第二歌集・1972)
  いま言わざれば言えぬ数々口腔に犇(ひしめ)く時し土砂降りの雨
  夏雲の影地を這って移りゆく迅さ見ていてひびきやまざる
  何が終る何が始まる立春の地平照らしていま八雲立つ
  月下独酌一杯一杯復(また)一杯はるけき李白相(あい)期さんかな
  雨荒く降り来し夜更け酔い果てて寝(いね)んとす友よ明日あらば明日

「夏の鏡」(第三歌集・1976)
  俺は帰るぞ俺の明日(あした)へ 黄金の疲れに眠る友よおやすみ
  わが夏の髪に鋼(はがね)の香が立つと指からめつつ女(ひと)は言うなり
  遠天に噴(ふ)ける稲妻あかあかとわれは怒りて野を走るなり
  泣くおまえ抱(いだ)けば髪に降る雪のこんこんとわが腕(かいな)に眠れ

「火を運ぶ」(第四歌集・1979)
  徳利の向こうは夜霧、大いなる闇よしとして秋の酒酌む
  抱き合って動かぬ男女ゆっくりと夕波は立つ立ちて崩るる
  世田谷区瀬田四丁目わが家に帰りて抱かな妻と現実と

「反歌」(第五歌集・1989)
  こころざしとこととはつかにずれそめぬあわれ新宿のガスタンクに雪
  果たせざる約束の束留めんとし予定のごとく切れたるゴム輪
  蓑虫の宙吊りの日々生くるよと果敢無事(はかなしごと)を言いて別れぬ

「金色の獅子」(第六歌集・1989)
  父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色(こんじき)の獅子とうつれよ
  祖父・父・我・我・息子・孫、唱うれば「我」という語の思わぬ軽さ
  小綬鶏は呪文続けていたりけり遠けども朝まぎれなき声
  女(ひと)はいま丹念に手を洗うらし洗われて過去は鮮(あたら)しくなる
  風呂場より走り出て来し二童子の二つのちんぽこ端午の節句

「瀧の時間」(第七歌集・1993)
  火も人も時間を抱くとわれはおもう消ゆるまで抱く切なきものを
  ああこんな処に椿 十年を気づかずにこの坂を通いぬ
  前世は鯨 春の日子と並び青空につぎつぎ吹くしゃぼん玉
  でんわまつじかんはあわき縹いろ漂うさかなのこころがわかる
  水時計という不可思議ありき ひとと逢う瀧の時間に濡れては思う

  性格丸出しの顔の悲しさ悲しめばその悲しみがまた顔に出てしまう
  退化せし尾を悲しめば進化して角(つの)生えるよと神様の声

「旅人」(第八歌集・1997)
  朝焼けの空にゴッホの雲浮けり捨てなばすがしからん祖国そのほか

「呑牛」(第十歌集・1998)
  大徳利うれしき酒を飲む夜は百の約束を未来に植える
  ウイスキーは割らずに呷(あお)れ人は抱け月光は八月の裸身のために
  旅びととして雲呑(わんたん)を食って居り (ろうろう)とただ雪を待つ町

「逆旅」(第十一歌集・1999)
  父としての思いきざせば乱れ降る時雨の暗さ暗い暗いなあ
  わたつみの音を聞きつつ今宵また魚となるまでのむ春の酒
  なびきたつなつめやしの木、かいきょうはあれいるらんか半げつのした
  白雲が行く冬空を十五分あおぎ居たれど問う人もなし

「天馬」(第十二歌集・2001)
  青きネオンを後景に鳴き昇りゆくあなたは雲雀 天に呼ばれて
  しみじみと五臓に沁ます宵の酒心の沖へ船を発たせて
  雨の日も考えている、君のこと遠き星のこと近き樹のこと
  冬の雨が濡らせる舗道歩み来てこの世ここよりいくだ歩まむ
  大き筆に墨ふくませて息をとめて育てきたりし「愚」を書かんとす

「はじめての雪」(第十三歌集・2003)
  みちのくを北へのぼればさらさらに早苗をつつむやわらかき雨
  うちなびく春の座敷に酒飲めばゆらりと人のからだはかしぐ
  一太郎に古語を灯して秋の夜の古代の森を酒提げてゆく
  怒りつつ怒りおさえて液晶の画面に(笑)と打ち出す夕べ
  夕舟に鮎を食いつつ酒飲めり思いでのごとく人と並びて

  朝酒の楽しみつづき居るうちに夜が来て夜の酒を楽しむ
  三椏と木蓮と桜咲きそろう不思議の春をきみとよろこぶ
  ドトールに二時間〈われ〉の輪郭を淡くして午後の教室へゆく

「百年の船」(第十四歌集・2005)
  忘られていつもさびしき古墳塚 今日はてっぺんに子が手を振れり
  肝臓に大き障りがあると言い君は見ゆと言う 他界への道
  はまぐりは身を熱くせり 旨酒とはふはふはふの春の夕ぐれ
  モジリアーニの女(ひと)ばかり座れる電車なりわが目の奥に血のにじめれば
  ベッドにて火星の赤き野をおもえば〈われ〉の一生の時間なきごと

  たぶんもう長くは生きまい ぶわーんぬーっと深海ゆ来し不思議見て居り
  入院の妻見舞いきぬ 鶴たりし二十歳のころの首立たせ居き
  わが町のペットショップの灯が消えてイグアナ娘夢を見るころ
  この道は祖父も曾祖父も行きし道ゆえひきかえす息子と〈われ〉は
  人肌の燗とはだれの人肌か こころに立たす一人あるべし

  鶯はまだ来ず目白がやって来て見上げる犬のロッタ見下ろす
  雨中の鴉目つぶり思う 祖先(おおおや)の鴉の見たる江戸の梅雨ぞら
  大阪弁をしゃべるカーナビ 西空に虹でんがなと言いにけらずや


佐佐木幸綱
 1938年生まれ。歌人、国文学者、日本芸術院会員。東京都千代田区出身。「心の花」主宰・編集長。現代歌人協会理事長。早稲田大学名誉教授。本名は佐々木幸綱で、祖父、父に倣って「佐佐木」を称する。祖父の文化勲章受賞者の佐佐木信綱、父の佐佐木治綱も歌人である。(Wikipediaより)

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